第四百八十九話
オレ……ハラヘッタ……。
腹が鳴る。
相手は六人。
戦いたくない。
主にカロリー的な理由で。
鬼神国人の顔色が変わる。
「お、おい! レオの兄貴……腹鳴ってねえか?」
「たしか……空腹と寝てるとこだけは襲撃するなって言われてたよな」
「おい、小さな声で『やきそばやきそばやきそば……』ってブツブツ言ってるぞ……」
カトリ先生も冷や汗を流してる。
「おーい、レオに何があったか知ってる人?」
思わず聞いてしまう。
すると嫁ちゃんが解説してくれる。
「婿殿はクロノスの食糧難が終わるまで同じものを食べると言ってな。6キロも体重が減ったのじゃ。なので常に空腹状態なのじゃ」
カトリ先生は一瞬困った顔をしたが続行した。
「とりあえず戦え……はじめぇッ!」
ぐるるるるるる……。
ハラヘッタ……。
鬼神国の精鋭部隊がまるで猛獣の檻に入れられた生き餌みたいな顔してる。
だが情けをかける余裕はこちらにもない。
ハラ減って倒れそうなのだ!
俺は襲いかかる。
「は?」
一人を組み討ちでぶん投げて喉に木刀を当てる。
はい一ダウン。
「お、おい! いまの見えたか!?」
「見えねえ! 人間の動きじゃねえ!」
「弱ってる今なら勝てるって言ってたやつ誰だよ!」
エリート部隊の面々が驚愕してる。
会場は静まりかえっていた。
俺はさらに別の隊員に襲いかかる。
一撃目の袈裟斬り。
相手はとっさに反応できたが、防御しきれない。
体勢を崩すことができた。
二撃目、体勢を崩した相手に突き、喉元で寸止め。はい勝ち。
そのまま後ろに振り返り頭の先から股まで両断するような斬り。
後ろから襲いかかろうとしたエリート軍人の木刀を斬り裂いた。
正確にはこちらも木刀だ。
たたき割ったが正確な言い回しかもしれない。
相手は「ええええええええい」と叫んでたが「えぇぇぇ……」と気合が抜けた。
「今の……見えたか?」
「いや……ぜんぜん」
「か、勝てる気しねえ……」
鬼神国の兵士たちは好き勝手なことを言って距離を取る。
だから俺は瞬時に間合いを詰める。
突き!
「ぬうううううううん!」
相手もカトリ先生が選んだ猛者。
避けたけれど……俺は木刀を引いてそのまま相手を押しつぶす。
「う、うわああああああああああああああああああ!」
はいダウン!
「あ、相手は手負いの獣だ! みんなで一斉に」
胴に思いっきり斬撃!
させるわけないじゃん!
とうとう残りは二人。
二人同時に切ってきたのでごろんと転がって回避。
「体勢が崩れたぞ! 今がチャン……ス」
甘いな。
途中で飛び起きて胴を斬る。
最後に残った一人は普通に相手してやる。
袈裟斬り、突き、からの肘打ちして組み討ち……ってやってきたので肘打ちまで防御したら組み討ちを上から潰す。
完全に腕力。
そのまま片手で帯を掴んで持ち上げて投げる。
最後に尻をぱーんっと叩いて終了。
観客は唖然としてた。
鬼神国人は頭はアレだが個人の武力は最強と言われている。
特にその腕力は恐れられている。
それを腕力で押しつぶすわ、ぶん投げるわ。
アホみたいな試合を見てしまったのだ。
そういや俺、最近まともに戦ってねえや。
「ヨシ! レオ! 俺と戦え!」
カトリ先生は興奮してた。
まるで少年のような目でワクワクしてた。
だがその思いに応えられそうにない。
「先生……」
「どうした?」
「もう限界です。主に血の問題で」
もうね。
拡張現実のマーカーが低血糖のアラート出しまくってる。
あと貧血と脱水。
屋台でたくさん食べようと朝ごはんあまり食べなかったのがここに来て響いたようだ。
「あー……皆の衆。ドクターストップじゃ。誰か! 婿殿を診てくれ!」
目がチカチカする。
ふちが緑色に光るモザイクみたいなのが見えた。
ケビンが来てくれてジュースをくれた。
思考がまとまらない。
「頭痛い……気持ち悪い……」
「そりゃね。ほら肩貸して」
スタジアムの脇で寝かされる。
「あー……レオ、俺はどうすれば?」
カトリ先生に聞かれる。
先生も本当に俺が限界だとは思ってなかっただろう。
「……エディたちと遊んでください」
もう無理。
最後に一言。
「俺とやった鬼神国兵……いいか。食いもん買ってこい……」
ここで倒れ込む。
いや意識はあるんだけど頭がはっきりしない。
点滴を打たれた。
ちょっとしたら頭がはっきりしてきた。
「もー! 無理ばっかりして!」
ケビンに怒られた。
「いやエキシビジョンするつもりなかったのよ。屋台メシ食って回復するつもりでさ。挨拶終わったらジュース飲むつもりだったし。式終わるまでは我慢せんと」
式の終了と同時に「食糧は充分にある!」と宣言するつもりだった。
みんな我慢してたんだから、最後に俺も自由に食べるって宣言ね。
自国生産の主食の公定価格の終了と販売数量の自由化だ。
いや商店街使えば食べられたのよ。
ただ高い。しかたない。
ラターニアからの輸入だからね。
で、宮殿にいる以上、庶民の平均摂取カロリーの食事してたわけよ。
俺の必要とするカロリーに到達してないからダウンしただけで。
「レオ……言いにくいんだけど」
「なに?」
「マイク入ってる」
おっとぉ……。
「王様! 王様! 王様! 王様! 王様!」
割れんばかりのコールが起きた。
なんかやっちゃいました?
って言いたいけど、今回は事故だ。
完全に事故だ。
俺は悪くない。
でさでさ、エディとイソノ、それに中島なんだけど、けっこういい線行ってたみたい。
カトリ先生も。
「俺も精進が足らんな。鍛え直してくる」
って言うくらいだ。
その後、「レオの兄貴! 焼きそば買ってきました!」って目をキラキラさせた鬼神国兵が食べ物買ってきてくれた。
焼きそば美味い。
あ、これ、ハーさんの味だ。
俺も作りたいな。
「ほら、レオこれ食べて!」
席に戻ったところ、なぜかケビンが介抱してくれる。
さきほどから食え食え言われる。
嫁ちゃんも「しかたないのう」って顔してる。
あんまり食べても吐くだけだと思う。
さあ、そんなわけで栄養失調から始まったお祭りではある。
でさー、これを「俺が弱ってる」とか「暗殺のチャンス」って考える勢力がいるなんて思わなかったのよ~。
だって恨み買うだけじゃん。
俺も別に動けないわけじゃないし。