第四百十九話
我が輩はジェスターである。
鬱シナリオの押しつけだけは絶対許さない。
俺と嫁ちゃんはかなりキレてた。
妹分を悲しませたことも気に入らないが、皇帝のレールを進むしかなくなるように誘導したのも気に入らない。
関係者には悪いがシナリオをぶち壊させてもらおうと思う。
まずは記者会見。
帝都を屍食鬼から奪還したこと。
犠牲者数とお悔やみの言葉。
それと罹患しないはずの子どもまで死亡したことの究明をラターニア、銀河帝国、鬼神国と太極国が共同で行うこと。
正妃とラオは暴動により死亡したこと。
次代の皇帝を決めねばならないことなどを発表した。
ここで正妃とラオの絵図をぶち壊す。
首を晒すとかいうクソムカつく話についてだ。
「ラターニアの慣習では死者への冒涜は許されません」
言質を取った。
ラターニアはこういうときに頼りになる。
「銀河帝国の慣習では感染症や寄生虫の疑いのある場合、原則火葬にします」
こっちは科学の話。
というか我々は土葬の習慣があまりない。
宗教自体はゲーミング坊主がほとんど、座敷童ちゃんの社なんかはサイバー神道。
見た目が派手になっただけで中身はあまり変わってないのは日本人文化だよなと思う。
他の宗教はちょぼちょぼ。
表面上見えない程度。
というか国民全体がゆるい無宗教である。
新年、お盆、クリスマス、大晦日に冠婚葬祭くらいしか宗教的なものとつき合うことはない。
うちは嫁ちゃんの関係で各宗教とつき合いがあるが、それはとてつもなく珍しいことだろう。
メリッサのとこは失踪した母親がインド系、タチアナのとこなんかはコロニー全体が十字的なやつらしいのだが、二人とも普通にゲーミング仏教になじんでる。
両名とも戦死時の葬儀欄に【宗教の希望なし】に○をつけている。
というわけで宗教論争をすると信仰心の薄い俺たちはボロが出る。
とりあえず疫学的理由で火葬を主張した。
なんとなくお気づきであろう。
そう、すでにラターニアとは話がついているのだ。
ここでラターニアの事情でゴリ押しする。
事実上の占領軍の要求が「ちゃんと葬儀してくれ」なのだ。呑むしかない。
屍食鬼に国を取られた情けない連中に発言権などない。
実は生きてたみたいな陰謀論が出るかもしれないが、それでも首を晒すなんてのよりはマシだ。
絶対に従ってなんかやらねえ。
太極国のやり方で俺たちやラターニアの代表、それとシーユンたちで小さな葬儀を行う。
ラオ将軍の家族は孫一家がいるが、連座での処罰を恐れて葬儀への参加を拒否した。
気持ちはわかるけどね。
銀河帝国兵士用の火葬装置で荼毘に付し、遺灰を歴代皇帝とその家族の霊廟に納める。
これでまずは一つ。
比較的簡単な要求は通った。
次は誰が皇帝になるかだ。
俺たちは別にシーユンじゃなくてもいい。
知らんわこんな国ってのは半分、希望者がいればまかせてもいい。
まずは傍系の皆さんから。
「ミン殿下が皇帝にならなければ亡命を希望いたします」
おっと、もっと皇帝の座を争う地獄みたいな展開になると予想してたが……。
誰も皇帝になることを希望しなかった。
で、権力握ってそうな老人に接触したら片っ端から死んでた。
跡継ぎもシーユンというかミン殿下の支持者ばかりだ。
ここでシゴデキ将軍ことウー将軍を接待する。
太極国の一流ホテルのレストランでお食事。
「なんとかシーユンが皇帝にならない裏技ないですかね?」
「ございますよ」
そう言って俺を見る。
「レオ・カミシロ大公様。あなたが皇帝になってしまえばいい」
「……私は銀河帝国皇帝の婿ですが」
「それが問題です。では折衷案を。まずは議会を設置して政治的空白をなくします。そうですね、メンバーに禁軍と地方軍と宦官の代表者を入れれば混乱は最小限になるでしょう。シーユン様は最新の政治学と軍学を学ぶために銀河帝国に留学。リモートで政務をこなしていただきます。我々はご帰還までに女帝を受け入れる算段をつけておきます。性転換して皇位に就くなど……誰も得しませんからな」
「自分はなにをすれば?」
「シーユン様をお支えください。……それとシーユン様がご帰還されたときに太極国が乗っ取られてたら征服してください。今度こそ文句は出ないでしょう」
「わかりました」
要するに問題の先送りである。
だが今回は許されるだろう。たぶんね。
会談終了。
やはり……動乱の時代から生還した武将。
正直怖かった。
いや迫力とか怒られるタイプの怖さではなく、大きな計画に絡み捕られるような恐ろしさがある。
嫁ちゃんに正直にそれを話した。
「婿殿も同じタイプじゃろ」
俺ってそんな評価!?
平和主義者なのに!
次の日、我々はようやくシーユンの育ての親の家がある地方都市に到着。
タチアナの結界を起動してからシーユンとお兄ちゃんは将軍夫妻の遺体を発見した。
シーユンの親衛隊と衛生当局に回収してもらい。死因を特定。
死因は屍食鬼であった。
ウー将軍が禁軍に報告して葬儀を手配してくれた。
軍の人や近所の人がたくさん来てくれた。
シーユンはミンであることを隠して葬儀に参加。
こちらはちゃんと悲しめたようだ。
銀河帝国の方針で火葬にする。
これは地元の人も怒ってたが納得してもらうしかない。
土葬して生態のわからない屍食鬼が復活して……なんていうのが一番怖い。
しっかり形が残らないように焼く。
今のところ特に混乱らしい混乱は起こってない。
帝国が持ち込んだ火葬装置が足りないのと、葬儀を行う人員が足りないくらいか。
それほど太極国は疲弊していた。
ラターニアも俺たちも鬼神国すら略奪は禁止してた。
両国の要求も「首晒すのはやめろ」と「火葬しろ」程度だ。
デモは各地で起こったが、止める気はない。
当局が科学的かつ合理的な説明を心がけただけだ。
これで伝わらなきゃなに言っても無駄なのである。
葬儀を終えるとシーユンは戦艦に帰還した。
「お帰りシーユン」
俺は声をかける。
「准将閣下! シーユン二等兵! ただいま帰還いたしました!」
タチアナとワンオーワンがシーユンに抱きつく。
三人はお互い抱き合って泣いていた。
俺はそれを見てなぜか安堵した。
シーユンにとって家はもうここだったのだ。




