第三百七十七話
高級士官用の個室、部屋には婚約者のハナザワがいた。
女の子がいる空間というのにまだ慣れない。
着替え一つも気を使う。
ハナザワハナコ、良家のお嬢さんだ。
まさか名門のお姫様と婚約なんて考えたこともなかった。
一生独身が濃厚だった。
俺も偉くなったものである。
「なぜ……でしょうか?」
「ハナコさん……なにが?」
「なぜ、わざと嫌われ役になるのです?」
まーた面倒な話を……。
だけど夫婦になる仲だ。
ちゃんと話し合った方がいいか。
レオんとこも本音で話し合ってるし。
おそらくハナコさんが言ってるのは、俺の数々の奇行のことだろう。
たしかにあれらはわざとである。
気づかれてしまったようだ。
「隊長はレオ、サポートするのがエディ。だから俺と中島で引っかき回そうって決めてるんだよね」
「なぜです? 大人しく隊長に従うのが軍人の役目では?」
「それがそうもいかない。レオの野郎はジェスター。ふざけてないと能力下がるんだよね。そのくせあの野郎……変なとこで真面目なんだわ。だから俺と中島でレオの野郎が悩む暇与えないようにしてるんだ。今回もあの野郎、私小説の主人公みたいにうじうじ悩んでやがる。どう正気に戻そっかなって考えてるってわけ」
「ふふ、友だち思いなんですね」
「そういうこと」
どうよ。俺カッコイイ!
だけどハナコさんはほほ笑んだまま凍った声で言った。
「ところで……女子ランキングの件は?」
「それは全面的に俺が悪いッス」
「イソノ様はそういう卑怯なのお嫌いかと思ってましたが」
「男子の軽口のつもりでしたが予想以上に女子を傷つけました。今は反省してます」
まさか、あのメリッサがあそこまでキレるとは思わなかった。
あの頃は若かった。で、すますには方々を敵に回しすぎた。
男子どもも、俺らが巻き込んだ形のエディはいいとして、話を大きくした連中まで逃げ回ってる。
そういうとこだぞ!
そういうとこがお前らが許されない原因だからな!!!
我がクラスで無実だったのはレオとエディだけだろう。
あと男子に分類していいかわからないがケビンか?
ケビンは「そういうこと言っちゃダメだよ~」ってプンスカ怒るから最初から誘われなかった。
なんか腹立つな。
なんで俺と中島だけ怒られ続けてんだ?
「ちょっとレオの尻蹴ってくる」
「御一緒します」
なんだかうれしそうだな。
レオのバカがいそうなところ。
食堂だろ。神社だろ。訓練室だろ。あと道場か。
食堂にはいなかった。
ハナコさんと油淋鶏食べた。美味しかった。
これ士官学校の近くの中華食堂のメニューじゃん。
そういやレオの野郎が気に入ってたな。
「あー……あのバカ。かなりまいってやがる」
「大公様がですか?」
「そ、士官学校の思い出メニューの再現なんてかなり追い込まれてるわ」
「大公様って思ったより繊細なんですね」
「そうなんだよね。あのバカ」
食事をしてたら中島たちが来た。
婚約者連れである。
「おっすイソノ。野球でもするか?」
「それよりもレオどこにいるか知らん? やつのケツ蹴るから」
「ふッ、この中島ぁ! 婚約者とイチャラブイベントにかかりきりでむさ苦しい男の居場所など知らぬ!!!」
すると隣にいた婚約者の女性。
たいへん清楚な印象のお嬢さんが鎖を引っ張った。
うん? 鎖?
すると鎖が繋がれていた先は中島につけられた首輪が引っ張られて中島が「うっ」と声を出した。
うん? それチョーカーじゃないの?
ねえねえ、なんでキミら上級者生活してるの?
俺はハナコさんにほほえみかける。
「ぼかぁ、ハナコさんでよかったよ」
「なんだかムカつきますわね。その笑顔」
だって首輪プレイなんて……俺には刺激が強すぎて。少ししか興味ないヨ。
食事を終えて中島一行と合流。
ハナコさんと中島の婚約者は仲が良さそうだ。
「それでレオのアホがなんだって?」
「落ちこんでるからちょっかい出してやろうかと」
「あははは! いいね! よ~し、日頃の恨みを」
「中島様」
「あ、ハイ」
たまに緊張感があるのは気にしたら負けだと思う。
「そんなに怒らんでやってください。中島はこれでもレオのこと心配してるんですよ」
実際はどうだかわからないけど。
心配してないってことはないだろう。たぶん。
命乞いをするような目で「心配してるっス」って訴えかけてきてるし。
四人で神社へ。
するとレオが謎の影とキャッチボールしてた。
レオは「小さな女の子がいる」って言うんだけど見えないんだよな……。
いやキャッチボールしてるのはわかるのだが。
女子は半分が見えて、男子で見えるのは数人だけ。
感受性の違いだろうか?
ルナちゃんは「わかんねえです。お手上げです」って言ってる。
世の中には不思議が満ちあふれてる。
特にうちのボスの奇行とかな。
「お、どうした? 座敷童ちゃんちょっとタイムね」
レオがアホ面下げてやってきた。
とりあえず無言でレオのケツを蹴る。
そしたら中島と買ってきたお菓子を謎の影に渡す。
「アリガトー」
うーん、俺には人間には見えないし、人間の声にも思えない。
ただ悪さされたって話は聞かない。
ヴェロニカちゃんもルナちゃんも問題なしって判断してる。
たぶん問題ないのだろう。
「あらあらイソノ様。この子は?」
「うちの守り神。座敷童ちゃん」
どうやらハナコさんは見えるようだ。
逆に中島の婚約者殿はまったく見えないようだ。
「なにしてるんだろう?」って顔してる。
「あらあら、お姉ちゃんと遊びます?」
「アソブー」
気を使わせてしまったようだ。
中島の婚約者もハナコさんを手伝うようだ。
ただ未だに「???」と釈然としない表情である。
なお中島の野郎はうっすら影が見える程度で声は聞こえないようだ。
ま、いっか。
いるもんはいるんだし。
「よう隊長。お前がウジウジ悩んでやがるって聞いてよ」
「うぜー!!!」
ま、反抗的。
「俺たちは戦争やってんだ。犠牲者はつきものだろ?」
「だけどよー……あの子、たった数カ月しか生きてないんだぜ。それなのにさ」
シーユンのクローンのことだ。
イーエンズ大人はジェスター殺しもいいところだ。
死んだ妹と同じ名前の皇太子のために命張って、外道なこともした。
しかも後始末を全部俺たちにぶん投げやがった!!!
もう死んでるから殴ることもできない。
あー! もう卑怯だな! あのじじい!!!
「まあな。屍食鬼どもにはわからせてやらねえとな。でもよ、お前が真面目だと俺たちまでパフォーマンス下がるんだよ! さっさとギャグ時空の生き物に戻れ!!!」
さらにケツを蹴る。
「てめえは無敵のジェスターだろ! ギャグ世界の住民である責任があるんだよ!」
「なにそのめちゃくちゃな言い草!!!」
「るせー!!!」
俺はレオに殴りかかった。
「あ、てめ! 殴ったね! おやじにぶげら!」
最後まで言わせるかこのアホめ!
「うるせー! このアホ!!!」
その後カトリ先生が来るまで存分に殴り合った。
あー……顔が痛い。
「ふふ、お疲れ様です。イソノ様」
帰ってからハナコさんに膝枕してもらう。
もうハナコさんに頭が上がんない。




