第三百五十二話
「そのさー、レオくんさー、首トンとかなかったのかな?」
イソノが卓上のスタンドライトで俺の顔を照らす。
今日のイソノは【憲兵】の腕章をつけてる。
パートタイムの憲兵に捕まる准将。
イソノは俺が投げ技でKOしたことに難癖つけてる。
あとで憶えてろよ。
「レオくんさー、困るんだよ。いくら敵だったからって便器にぶん投げるとかさー、便器割れて交換だってよ」
俺の反り投げで便器真っ二つ。
犯人もその時点で失神してたらしい。
というかイソノの野郎……犯人の心配なんかしてねえ。
「便器割ったのはホント悪かったと思う。でも必死だった。悪いのは犯人」
「お前さ~! 達人なんだからもうちょっとないの? 空気投げとかさ」
「達人って自分から名乗ったことねえし。そもそも空気投げとかの方が相手をコントロールできないから危ない」
定義はわからんが、おそらく広く空気投げとか呼吸投げって言われてる名前がついてない投げ技だろう。
そっちの方が受身とれないとよほど危ない。最悪死ぬ。
まだ便器にスープレックスの方が大怪我ですむ。
優しい!
なお首トンであるが、俺がやると首をヘシ折りかねない。
なぜ世の中の勇者は首トンで上手に気絶させられるのか……?
まさにロストテクノロジーである。
「んで容疑者は?」
「おう、まだ意識戻ってねえぞ」
「ラターニアには?」
「通報するか検討中」
「アホが! 妖精さん! ラターニア大使に容疑者の写真送って! あとイーエンズ大人にも!」
妖精さんが出てきて「はーい♪」と返事してくれた。
俺の事情聴取なんて後回しでいいだろが。
「一応言っておくけどこれ事情聴取じゃなくてお前を護衛してるんだからな。部屋の外にレイブンさんたちいるから。あ、俺も護衛な」
「紛らわしいわ!!!」
イソノの野郎……。
……って、待てよ!
「嫁ちゃんは!!!」
「ピゲットさんとお前の嫁たちで護衛してる。トマスさんもガチガチに護衛されてる」
安心した。
すると腹が鳴る。
「なあイソノ……小腹すいた」
「栄養ブロックでも食ってろ」
だがすでに俺の口はカツ丼になっていた。
こんなところに押し込めるのが悪い。
「カツ丼食いたい……」
「冷食買ってこいってか? 俺をパシりにするつもりか? いい度胸してんな准将さんよぉ!」
「違え。作りたい……たしかパン粉つけた状態のが冷凍庫にあるはず」
俺が作ったやつである。
ちゃんと名前書いたもん!
「みんなの分あるか? 絶対に作らされるぞ」
「無論! 私は誰の挑戦でも受ける!!!」
なぜか俺が料理はじめるとみんな来るんだよな……。
ニーナさんやケビンの方が俺より上手だろ。
「レオ……お前のは道の駅のフードコート味だからな……。たまに食べたくなる」
「それ単に味が濃いってだけじゃね?」
「だがそれがいい!!! 特に我ら体育会系にはな!!! 俺もカツ丼食いたくなってきた!!!」
あ~はらへった。
10代後半の肉体労働ワーカーは常に小腹が空いてるものだ。
というか料理しながら考えをまとめたい。
誰だ。
暗殺者なんて放ったバカ!
イーエンズ爺さん?
ないない。
イーエンズ爺さんならもっとうまくやる。
現地採用の労働者に紛れて、それも情報収集で止めておく。
だって敵対してねえもん。
少なくともこの間の会議で手打ちだ。
それがわからない爺さんじゃない。
ラターニア?
敵対してねえもん。
向こうの宗教調べ上げて地雷踏まないように徹底してるし。
屍食鬼……でもラターニア人か。
ラターニア人で俺らとの接触に反対してる勢力?
それはあると思う。
新しいことやろうとすると必ず反対がある。
ラターニアくらい前例遵守な社会だと新しいことを潰してまわる利権があるかもしれない。
それって外国人視点だとまるっきり見えないから難しいんだよね。
普段は隠れてるのよ。その空気感というか。
だからちゃんとラターニアの最大派閥の教会に顧問料払ってご意見聞いて筋通してるわけで。
あと弁護士も雇ってるし。
ラターニア側も「ちゃんとわかってる連中だ」って評価だもんね。
「うーん……なあコミュ強のイソノさんよ~。誰が犯人だと思う?」
「俺に難しいこと聞くなよ。そういうの考えるのはレオの仕事だろ……あー、もう! はらへった! 一番安易に考えたら海賊側の内部抗争じゃね? イーエンズ大人の足引っ張りたいやつ」
「イーエンズ爺さんが失敗したら海賊討伐するだけなのに?」
帝国的には海賊討伐ルートでも和平ルートでもいい。
とにかくこの周辺が平和になれば目標達成だ。
あとはラターニアと鬼神国と交易して友好的に振舞ってればいい。
それだけなんだよね。
覇権国家になる気はさらさらない。
というか拡大政策やるには人口が足りない。
帝国は慢性的な少子化なのよ!
あとは海賊どうにかして、どさくさ紛れに屍食鬼滅ぼせば帝国の安全が完成する。
そこまで来たというのに!
「そういやよ~。犯人どこから入ってきたんだ? 外国人は船には上げてねえだろ」
「ラターニアと鬼神国くらいかな? ラターニア人は荷物の積み降ろししてもらってるけど。それも工場稼動したら減るし」
実はラターニア人、グミキャンディーが好きなのである。
好きすぎて俺たちの在庫がなくなるくらいである。
それも帝国では人気のないケバケバしい色のミミズとかの形のやつ。
やたら酸っぱくて甘ったるい謎味のが本当に人気なのだ。
あとニッキ菓子。
飴や焼き菓子からニッキジュースまで。
さらにはラターニア人はルートビア味……というか真っ黒いシップ味のお菓子も大好きである。
それ……俺たち……文化を途絶えさせないためだけに作ってるやつだぞ……。
なぜか爆発的大ヒットで俺らも困惑してる。
なので不要在庫を押しつけ……と思ったら全力増産を頼まれてる。
ちゃんと聞いたもん!
教会に味見してもらったもん!!!
なぜか教会が専売を狙って工作活動に励んでると聞いてる。
やだ怖い!
とにかく俺たち攻撃して撤退されると困るところまで来てる。
ラターニア側にレシピ渡したんだけど、そういう文化がないから作るの無理なんだって!
なんでラターニアに工場作ることになった。
つまりどういうことかって?
ラターニア人が俺を殺す理由がないわけよ。
グミ泥棒くらいならありそうだけど。
「あーもう意図がわからん! おなかすいた!」
とキレたら艦内放送が響いた。
「安全が確認されました。各自持ち場に移動してください。レオ准将はその場に待機してください。お客様におつなぎします」
わざわざ他の乗員に聞かせてる。
つまりどういうことかって?
「へいへーい、暗殺者くん。君の大事な国家ちゃん、これからNTRしまーす♪」
って聞かせてるのだろう。
どんどんカオスになっていくな。
メシいつ食えるんだ?




