第三百四十八話
ひげ面の大男が入ってきた。
チェーンを首に巻いてる。
腹も出てるが筋肉もついてる。
そういうタイプの熊みたいな男だった。
「てめえ! ぶっ殺してやる!!!」
熊男はチェーンを手に巻き付けた。
最初からルールに従う気がない。
じゃ、反則負け……とレフリーが止めようとするがイソノはそれを手で制する。
俺は……見てしまった。
エグい顔で笑うイソノのツラを……。
イソノはかかって来いと手招きした。
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せぇッ!!!」
ヤンキーどもが興奮して罵声を飛ばす。
だがイソノは涼しい顔をしていた。
マスクだけど。
熊男はリングに上がろうとする。
「ギャハー!!!」
イソノは容赦ないストンピングを浴びせた。
やはりイソノ! クズすぎる!
そのままロープをつかんで跳んだー!!!
ダイビングヘッドバット。
それやるー!!!
バカだ! バカがいる!!!
相手はプロレスの文法なんて知らない。
だからダイビングヘッドバットを顔面にぶちかました。
「て、てんめえええええええええええ!!!」
熊男はそれくらいじゃノックアウトできない。
場外で殴り合う。
熊男はチェーンを巻いた拳をイソノに浴びせる。
あー……イソノ……食らった風だけど全部ブロッキングしてる。
というかチェーンがない部分を骨で受けて相手にダメージ与えてる。
さすがイソノ!
「てめええええええええ!!!」
さすがにキレた熊男が振りかぶってフックを入れた。
いや違う。
イソノの野郎……わざと拳が放たれたところで受けてラリアット食らったみたいにしやがった。
振り抜く勢いに逆らわず、受け身を取る。
イソノの吹っ飛んだ先には解説役の長テーブルと椅子が置かれてた。
あ……わざとあっちに吹っ飛ばされたな。
イソノは素早く椅子を奪う。
「ちょ、おま!!!」
熊男を椅子でぶん殴る。
「ぎゃははははははははー!!!」
プロレス的な衝撃を受け流すような殴り方ではない。
本気でダメージを与える殴り方だ。
椅子がひん曲がるとイソノはパンツに手を突っ込む。
俺はいま……猛烈に後悔してる。
イソノを自由にさせたことを。
イソノの手には銀色に光るフォークが握られていた。
「グヒャハハハハハハ!!!」
やりやがったあの野郎! フォークで刺しやがった!
そのままグリグリ。
がんばれ熊男!
イソノをぶっ殺せ!!!
「うおおおおおおおおおッ!!!」
熊男がイソノを持ち上げ、床めがけてボディ・スラム!
うん? あれぇ?
熊男……プロレス知ってるんじゃね?
だけど会場が一気に盛り上がる。
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!!!」
熊男はイソノをリングに投げ込む。
イソノはゴロゴロ転がってリング上で大の字になる。
「いくぞー!!!」
熊男がコーナーポストに上る。
ううううううううううううううん?
やっぱプロレス知ってる人ですよね!!!
熊男がイソノめがけて跳んだ!
どごーんっと音がしてリングが沈む。
次の瞬間……めいめきめきめきっとリングが崩壊する。
いやいやいやいやいや!
そうはならんやろ!!!
レフリーはリングが崩壊する前に外に出てた。
いや待て。完全に壊れるの知ってる動きじゃねえか!!!
だけど会場は最高に盛り上がった。
「うおおおおおおおおおお!!!」
イソノはノロノロと立ち上がった。
熊男にエルボーをかます。
だがもう腰が入ってない。
熊男は両手を天に挙げ……モンゴリアンチョップ!
イソノが片膝をつく。
熊男がイソノを立ち上がらせて水平チョップ。
そのままイソノを持ち上げた。
そのままブレーンバスターの姿勢で制止した。
イソノは足を伸ばしていた。
いや待て! 完全に知ってる同士の試合じゃねえか!!!
おいコラ!!!
「うおおおおおおッ!!!」
つぶれたリングの上でブレーンバスター。
やだ……知ってるのにワクワクしちゃう……。
そのままホールドしてスリーカウント。
イソノの負け。
会場の盛り上がりは暴動寸前へ。
塩試合だからじゃない、実戦云々は置いて楽しかったからだ。
なぜか賛辞の声を浴びる二人。
嫁ちゃんから連絡が入る。
「婿殿。イソノを聴取してくれ」
「ういーっす」
でだ、イソノを呼び出した。
髭男もだ。
「ザウルス師匠とタンク師匠の弟子だヨ。面白かっただろ」
「なぜ相談しない!?」
「いやさー、最初は海賊ボコボコにしようと思ってんだけどさ。あんま追い込んでもよくねえなって思ったからよ~。急遽頼んだんだわ」
「お、お前なあ! なんで凶器攻撃なんてやったのよ!」
「うん? いやよ~、俺血圧低くてよ~。流血してもあんま血が出ねえのよ。だから流血の達人に頼んだのよ」
「イソノさん、俺の流血どうでした?」
「最高!」
二人はハイタッチ。
仲良しじゃん。
完全に呆れていたんだわ。
あとでクレアに言ったら頭抱えてた。
これ命令違反レベルの大失態と思われてたのよ。
いや減給程度だろうけどさ!
それでも経歴残るレベルの命令違反!
だけどさ……これがとんでもないホームランだったなんて誰が予想できただろうか?
イソノの野郎の「あんま追い込んでもよくねえな」の正しさが証明されるなんて!
そう、俺たちは頭に血が上って判断がバグっていたのだ。
そんなのわからないよぉ!!!
それは数日後に判明するのである。
それはいったん置いて、エディの番である。
エディは刃引きの剣、要するに刃のない模造刀である。
それに対して対戦者はデカい剣を持っていた。
「ひ、人斬りサニーだ!」
「お、おい! だれだ! あいつ呼んだのは!!!」
なんか客席が騒がしい。
仲間内でも鼻つまみ者らしい。
サニーと呼ばれた優男が大剣を構える。
エディは相変わらず冷静だ。
「あなたは剣に対して真剣に取り組んできたようだ」
本当に普通に構える。
エディの持ち味は教本どおりのことを超高レベルでできるところだ。
当たり前力で殴ってくるタイプだ。
そのエディがほめるんだから相手も相当な強者だろう。
「構えを見ればわかる」
エディの言葉を聞いてサニーもニヤッと笑った。
「あんたも相当できるな」
どうしよう……イソノのせいで頭がギャグに傾いてた。
シリアス時空じゃレオ生きていけないよぉ~!




