第三百三十四話
ジェスター。
存在そのものがいいかげんな存在だ。
例えばレオの兄貴。
ビームを見てから回避するわ、味方が死にそうになると駆けつけるわ、絶対死ぬ場面でも生き残るわと異常な生存力の高さを見せつける。
そもそもレオの兄貴が味方と思ってる集団にありとあらゆるバフがかかる。
置いておくだけで戦略兵器クラスの効果が持続する。
欠点は前線に置かねばならないこと、能力の効果範囲が本人の主観に左右されること、化け物じみた戦闘力のはずの本人が高頻度で死にかけること。
それと最大の欠点がすべての能力が本人の主観なのである。
例えばアリッサであるが、負けるって少しでも思うと弱体化する。
アリッサはわりとネガティブ思考なためかレオの兄貴みたいなふざけた能力は発揮できない。
能力が伸び悩んでる。
で、もう一人のジェスターがアタシである。
前にワープなど能力を発揮したが、本来の能力じゃないらしい。
意図的に能力を発動できなかった。
アタシの場合は論外。
なんだろう?
自分でもわからねえッス。
ま、いいか。
ゾーク戦争の終了でアタシは准尉に昇進した。
本当は少尉って言われたんだけど「曹長すら自分にゃ無理ッス」って軍に言ったら准尉にしてくれた。
わかってくれよ!
あんたらだってガキが曹長やって偉そうにしてたらとりあえず理由もなく殴るだろ?
年齢ってのは重要なんだっての!
アタシは兵士に後ろから撃たれたくねえっての!!!
結局、ケビンの姐さんの衛生兵部隊の副隊長ってことで手を打った。
ワンオーワンは共和国亡命政府軍の元帥を兼任してる。
アタシと同じくガキであるワンオーワンにトップなんかできるわけがない。
なのでアオイ姉さんが司令官として実際の運営をしている。
なのでワンオーワンも同じ衛生兵部隊の副隊長である。
副隊長って言っても、アタシたちの仕事は看護師資格持ちのお姉様たちの雑用係である。
衛生兵用のきれいな軍服でカートを押していく。
カートの中はナノマシンの注射や点滴とか普段は邪魔になるやつだ。
倉庫から持ってきた。
執事さんも運搬を手伝ってくれる。
診療所に入る。
「ウス、タチアナ准尉、ワンオーワン准尉! 資材持ってきました!」
「そこ置いて!」
「ウス!」
手を洗って消毒してマスクをつける。
「いまどんな感じッスか?」
ベテラン女性衛生兵、別名【婦長】に聞く。曹長殿だ。
管理者の方の看護師資格持ちだ。
本当ならアタシたちの上司だろう。
実際、事実上の上司として厳しくしつけられてる。
「今のとこ物資搬入時の事故で数人運ばれただけ。あんたら気合入れな!!!」
「はい! 曹長殿!!!」
准尉なんてハッキリ言って曹長の下である。
ベテラン下士官が一番偉いのだ。
軍医殿もやってくる。
階級は特別職少佐。
医師の資格持ちは少佐からだって聞いた。
大学校の医学部生だったけどレオの兄貴と一緒に修羅場をくぐった。
当初は医師免許持ってなかったけどヴェロニカ隊の医師に徹底的に鍛えられ今じゃ救急医療のエキスパートだ。
カミシロ隊は負傷率が異常に高いから経験値の蓄積が凄まじいことになってるのだろう。
納得してると
「副隊長! 医療キット持ってきて!!!」
「ウス!」
誰もがレオの兄貴みたいに超能力で自動回復できるわけじゃない。
重機に挟まれれば普通に死ぬし。
骨折でも回復には時間がかかる。
首の骨折って数日で退院するレオの兄貴がおかしいのである。
アタシはワンオーワンと入院患者の熱を測ったり血圧測定したり。
とにかくアタシたちでもできることをする。
まだ注射器は触らせてもらえない。
すると艦内の警報が鳴る。
「副隊長! 二人ともちょっと来て!」
「ウス!」
「よく聞いて。いま鬼神国の駆逐艦が撃沈されてね、負傷者を収容することになったの。患者さんが大量に来るから覚悟して」
「う、ウス!」
患者が運ばれてきた。
残念だけどアタシらじゃ患者を運べない。
単純に力が足りないのだ。
「副隊長! 手伝って!」
「ウス!」
アタシらみたいな偽物じゃない衛生兵がナノマシンを注射していく。
幸いツノが生えてるのを除けば鬼神国人はアタシたちと体のつくりが同じだ。
同じナノマシンで治療できる。
アタシたちはナノマシンを運ぶ。
だけど……。
「クソ! 手が足りない!!!」
あまりに人数が多かった。
鬼神国人の苦しむ声が聞こえる。
そのとき、アタシは知らないはずの戦場を思い出した。
ゾークのハサミに体を貫かれて頭を潰され……。
「タチアナ? どうしたでありますか!?」
あれ……なんだろう? ……苦しい。
息ができない。
どうして?
目の前が暗くなってくる。
「た、タチアナの様子がおかしいであります!」
「姫様! タチアナ嬢のこの様子は……クローン症候群であると思われます」
「それはなんでありますか!?」
「本当だったらクローンが知らないはずの死の瞬間を思い出す現象です。クローンはなにがあったかだけは知ってるので記憶を捏造するんです。まずい! パニックを起こしてる! タチアナ嬢! それはあなたの記憶ではない! ありもしない記憶だ!」
あ、アタシは前のアタシと違う人間のはずだろ?
ああ、息ができない……息が……助けて……レオの兄貴。
『あん? タチアナの声? テレパシーか!?』
あ、兄貴!!!
助けて! 息ができない!
このままだと……みんな死んじゃう。
鬼神国人が苦しむ声が聞こえた。
『い、いま行く!!! 待ってろ!!!』
そのときだった。
アタシのジェスターの能力が開花したのは。
ああ、そうか。
ジェスターの能力は極限まで追い込まれたときに開花するのか。
だからアリッサは開花してないのか……。
「レオの兄貴……貸して……」
アタシのジェスターの能力。
それは自然と頭に入ってきた。
それは【ものまね】。
そうテレポートもゾークから、ワンオーワンから借りたのだ。
レオの兄貴の中に眠る、【長老】の回復能力。
それを借りる。
ただ借りるだけじゃない。
【ものまね】の神髄は誇張。
私は力を発動した。
その場にいた全員の傷が塞がっていく。
範囲を指定した完全修復。
レオの兄貴はまだこの能力を使いこなせてない。
でもアタシは潜在能力を引き出して使える!
「ふ、副隊長!!!」
「そうかアタシは偽物。前のタチアナじゃない。だから……モノマネの能力なんだ!」
「た、タチアナ! だいじょうぶでありますか!!!」
ワンオーワンが抱きついてくる。
「タチアナは偽物じゃないであります! 自分が知ってるタチアナはこのタチアナだけであります」
「お、おう。ワン、悪かったな」
アタシには自分を偽物って言うと悲しむ人がいたんだ。
今度から気をつけよう。
「婦長殿」
執事のおっちゃんが真面目な顔をした。
「ああ……上に報告する」
婦長が軍医を呼んだ。
アタシのシフトは中断。
なぜか入院させられた。
なんだよ。
能力のことはわかってるのに。




