第三百三十三話
レオの兄貴と久しぶりに真面目な話をして会議室から出る。
アタシ、ことタチアナ准尉はケビンの姐御と雑談する。
「姐御どうしたんスか? 具合でも悪いんスか?」
「え?」
たわわな胸が揺れる。
ホント、なにしたらこんなに大きくなるんだ。
下を向くとつま先どころか足首まで見える自分の体が寂しい。
アタシは胸についてなにも考えてないふりをして姐御に答える。
「いえ、姐御相づち打ってるだけだったんで」
「ああ、うん。最近のレオちょっと怖いなって。そのここまで相手になにもさせないの初めてだから」
あー、そういうことか。
脳筋パワーキャラが頭使ったように見えるから戸惑ったんだろう。
兄貴モテすぎだろ……。
「あー……あの、レオの兄貴ですけどね。兄貴、たぶんとんでもなく上手いんです。喧嘩が」
「え?」
「喧嘩はじめる前に勝つ準備終えてるタイプです。いるんですよ。スラムでもたまに」
「待って、つまりレオは……」
「たぶん喧嘩してるつもりッス。喧嘩って考えると落とし所が重要なんで。勝った後まで考えてると思いますよ」
「併合するの……?」
「いや違うと思うッス。アタシも軍事習うまでわかんなかったんスけど、喧嘩も戦争も基本コミュニケーションの手段なんス。だから完全に逆らわないようにするってのは手段としては下の下ッス。のめるわけねえッスから。プローンは教団を維持しつつ治療の支援をすることになるんじゃねえかと思うッス」
「悪いのは現体制、新しい首脳部はだまされてたってことぉッ!」
「そうっスね。どちらにせよ帝国に都合のいい政府にするんじゃねえッスか」
「やっぱり怖いじゃん!」
「でも本来の草食に戻って病気もなくなるし、周辺国は人食いやめてくれるしでメリットしかないッス。本人たちが幸せかは別問題ですがね」
そういうのは本当に多い。
例えばスラムの連中だ。
正業につけば逮捕されることも死ぬこともない。
だけど正業に就くほど頭もよくなければ、体力もたいしたことない。
そのくせプライドだけは高くて仲間とうまくやっていくこともできない。
だから海賊になるしかない。
30歳になるまでに使い捨てにされてほとんど死ぬけどな。
でも外から見た幸せと本人の幸せは違うのだ。
前のアタシだって軍人にならなきゃ死ななかった。
いやでも本当はゾーク相手じゃなくて海賊と戦う予定だったんだよな。
死亡率は1%未満。
危険はあるけどその分給料は手厚い。
でもそれはアタシが住んでた近所に退役軍人がいたから知っただけだ。
たいていはスラムからの逃げ道にたどり着く前に死ぬ。
死ぬより意思を無視して正業に就かせるのがいいのか。
それとも選択肢を選ぶ能力もないやつらに自由を与えて殺すのか。
どっちが正しいかなんてアタシもわからない。
ただ悪いことをした連中がアタシたちに排除されるのは当然だ。
スラムでもガキを殺したら近所の連中総出で親が仕返しに来る。
たとえ孤児でも面倒見てたマフィアが仕返しに来る。仕返ししなかったらなめられるからな。
娼婦だって殺したらバックのマフィアは報復する。
プローンだって同じだ。
報復を受け入れなかったら病気で絶滅させられるだろう。
絶滅のカードを持ってるのはこちら側なのだ。
そういう意味じゃレオの兄貴のやりかたは大甘だ。
だけど上手だ。
ちゃんとプローンの逃げ道を作ってる。
ただプローンの自己決定は最後まで無視されるのをケビン姉さんは怖がっているのだ。
ケビン姉さんの場合。元ゾークだからなめくじに感情移入してるんだろうけどさ。
ま、それは論破しても意味はない。
ケビン姉さんは首都星近くの治安のいいコロニー出身だ。
アタシの地元とは違う。
そこはわかり合えない。
でもケビン姉さんと同じ考えになる必要はない。
それが自他の境界なんだって習った。
今ならわかる。
私はケビン姉さんとわかれてシフトに戻る。
「タチアナ終わってありますか?」
ワンオーワンが迎えに来た。
「なあ、ワン。プローンのことどう思う? 病気の治療法を餌に内部崩壊させるの卑怯だと思う?」
「ゾークは大きな視点を持たないから帝国に負けたであります。隊長は正しいことをしてるであります!」
こっちはそういう視点ね。
たしかにその通りだ。
「隊長は魔法使いみたいであります! 戦わずに敵を追い込んでるであります! また一つ強くなったであります! タチアナもああなるであります!」
「それは無理じゃね」
あんなのマネできねえ。
「こないだゾークのみんなと戦争の反省会したであります!」
「へー、そりゃそうか。ワンは亡国の姫だもんな」
とりあえず現在ワンオーワンは共和国の一番偉い人らしい。
そりゃ反省会もするだろうな。
「最初の襲撃でレオ隊長を殺害に失敗したからゾークは負けたであります!」
「レオの兄貴、どんだけ最強なのよ」
「正確には士官学校生徒であります! 彼らは誰も異常なくらい潜在能力が高いであります! レオ隊長が彼らを逃がす決断をしたことでゾークの敗北が決定しました。これはルナちゃんも同じ結論出してるであります!」
マザーAIのオリジナルであるルナがそう言うならそうなのだろう。
っていうか反省会自体を反逆認定されてもおかしくないぞ。
「ヴェロニカちゃんも反省会に納得してたであります!」
「銀河帝国皇帝公認なのぉッ!?」
自由すぎるだろ! うちのトップさ!!!
思わず呆れたそのときだった。
警報が鳴って艦内放送がはじまる。
「バトルドームに屍食鬼の船が接近! 総員配置につけ!」
「ワン! 行くぞ!」
「はいであります!!!」
少し行くと執事がいた。
「姫様! ご無事ですか!?」
「大丈夫であります!」
「タチアナ嬢は!?」
「まだなにも起こってねえッス。アタシら衛生兵なんで診療室に行くっす」
「御一緒いたします!」
こうしてアタシは仕事に向かったのである。
そう……まだアタシはこのとき自分がレオの兄貴、アリッサさんに続く【帝国最強の超能力者】の一人と認定されてることを理解してなかったのだ。




