第三百三十話
「はあ……イノシン酸が大量に……」
俺から変な声が出た。
「それだけではなく各種アミノ酸が豊富で栄養価も高く……」
嫁ちゃんと一緒に研究所の人の報告を聞く。
プローンのアホども本当に美味しいようだ。
前に襲撃してきたときに回収した素材に破片がついてたんだって。
だが食べるかって言われても嫌でゴザル。絶対に拒否する。
「それ以上に大事な報告が……」
「まだあるのぉッ!!!」
「あ、はい、回収した遺体の解剖結果ですが……歯は予想どおり貝類の歯舌でした。言葉を発しますのでコウガイビルのような咽頭を持ってるかもと思ったのですが」
「なんか背筋がぞわぞわするッス」
「妾もじゃ」
グロじゃないんだけどなんか精神が拒否してる。
聞くと絶対後悔するやつ。
俺……生物系の才能ないや。
「肉食貝の歯舌とは形状が異なってました」
「はい?」
「例外はあるので断定できませんが、本来は草食に近い雑食なのではないかと。それも岩場の苔をこすり取って食べてるような」
まさかの苔食べてるタイプの貝だったか。
「それと……」
「まだあるのぉッ!!!」
もうキャパいっぱいよ!!!
でも眼鏡の男性研究者さんは真剣な顔をした。
「これが一番重要です。プローンですが……彼らはおそらく、ほぼすべての個体が重篤な病を発症しているかと」
「え、はい……?」
そこから数時間生物の授業がはじまった。
残念な士官高校のカリキュラムの偏りよ。
もー、理解するまでがたいへんだった。
で、理解した内容(理解してない)をサリアに相談する。
「どうしたんですかお二人とも? 喜怒哀楽の抜け落ちた顔して」
「落ち着いて聞いてほしい。サリア、なにもしなくてもプローン絶滅するぞ」
「は?」
理解しきってない内容をサリアに説明した。
要するに食べるべきでないものを食料にしていたのだ。
牛に肉骨粉食べさせるみたいなものだ。
牛の場合は牛海綿状脳症を引き起した。
解剖したプローンも脳に異常を起こしていたようだ。
検査したいって申し出たら同盟国から首だけ送られてきたやつ。
正常なサンプルがあるわけじゃないから断定はできないけどね。
つまり亀さんかオオカミさんか、それとも鬼神国人なのか?
大穴でゾークかもしれない。あいつらはもともと毒入りだけどね。
とにかく食料になったものたちが疾患をもたらし、共食いで……共食い自体が脳疾患による現象なのかもしれないけど、とにかく同じ種族を食べることで爆発的に広がった。
というのが予測である。
捕食される恐怖からの肉食をずっと続けてきたわけだ。
この病気も今はじまったものではないだろう。
そういう人類もペストも天然痘も古代エジプトから見つかってるしな。
こう考えると帝国って医学にスキルツリー全振りの文明なんだよね。
医学を伸ばすための工学みたいな感じだし。
ジェスターも医学の産物だろうし。
「おそらく極端に寿命が短くなってるんじゃないかな? それで種族全体がパニックになってお肉終末論まで行っちゃってるんだと思うのよ」
「な、なんて迷惑な……」
「鬼神国ではこの情報つかんでなかったのか……」
「我々はあまり生物の研究には興味ありませんので。強いか弱いかくらいしか」
「文化の違いだろうね」
それにしても雑である。
鬼神国……よく絶滅しなかったな……。
「ほら、我々、体が頑丈なので」
納得した。
瞬時に納得した。
「それで……どうするんです? そんなこと知って。すぐ絶滅する話でもなし。弱点でもなんでもないでしょ」
俺は黙って考えていた嫁ちゃんの方を見る。
「嫁ちゃん、俺さ外交担当としてプローンに情報投げてみようと思うんだよね」
「は? どういうことじゃ!? 善意で投げるとかという話なら反対じゃぞ」
「いやね、たぶんプローンさ内情が相当ドロドロしてると思うのよ。そこに情報ぶん投げて揺さぶってみようと思う」
「和平するつもりか?」
「違うよ。正しい情報投げて揺さぶるんよ。知的生命体を家畜化する技術持ってるのに自分たちの疾患に気づかないあるのかな?」
「種族的な壁があるのかもしれぬぞ。我らだってゾークの技術は未だに解明できておらぬ……が、どこぞの勢力にだまされているのかも知れぬな」
嫁ちゃんが最高に悪い顔した。
「疑心暗鬼にして同盟にくさびを打ち込もうって思うんだけど。どうよ?」
「そううまく行きますか?」
「大丈夫大丈夫。道具の一つでしかないから。あ、サリアきゅん。善人ぶってプローンが病気で滅びそうって噂流してね。俺たちで公式発表してもいいよ」
「……て、帝国怖い!!!」
「あのな……サリア殿。妾や婿殿たちはの、本来なら戦争に行く年齢じゃないのだ。軍人ではあるが後方でウロチョロする年齢のはずだったのじゃ」
「……それってどういう意味ですか?」
「過剰適応したのじゃ。婿殿……というか我らはな……生きるために手段は選ばん」
俺はサリアに向けてにっこりほほ笑む。
「怖ッ! ゾークども……本来なら一生眠ってるはずの化け物起こしたんじゃ……」
「それは妾も思うぞ。本来なら婿殿は好戦的じゃないからの。もともと弁護士志望だしの。ゾークさえいなければ妾と出会うこともなかったしの。それにしても婿殿、できないって言ってたわりには戦略得意ではないか」
「こういうのは得意だけど大きい局面の用兵は苦手なの。隊長レベルならできるけど司令官クラスは無理だって」
「プローンで慣れるのじゃ」
「じゃあ戦う前に内から滅ぼそうっと」
「……プローンに同情します」
サリアの口元がひくついていた。
なぜかサリアは「私たち友だちですよね!!!」って何度も聞いてきた。
友だちだよ。
友だちだけど工作はするよ。
サリアが失脚すると困るもん。
もうすでに鬼神国の現地協力者たくさん作ったし。
例えば詩とか文学とか鬼神国的には人気のない分野の研究者にお金出したり。
他にも帝国の文化研究に援助したり。
今度鬼神国で帝国の文化イベントやること決まったし。
こうやってマメに利害関係作っておかないとね。
軍略苦手なんだから、そういうのはやっておかないとね。
足手まといにならないようにせねば!




