第三十三話
【俺】、メリッサ・館花は時代遅れの侍の一族に生まれた。
貴族ではあるが自分が特別だと勘違いするほど実家は裕福ではない。
隊長は実家を【農協しかない田舎】なんて言ってるが、民間の航路があって日に何本も旅客機が来るような惑星を田舎とは呼ばない。
本当の田舎はうちのような惑星のことだろう。
うちには農協すらないし、定期的にやって来てくれるシャトルなんてない。貨物船だってない。
造形プリンターなんて士官学校に来るまで使ったことがなかった。
ネットだって遅すぎて使い物にならない。
そんな惑星の統治者なんて生活水準は住民と変わらない。
完全に外と隔絶された惑星で私は兄弟に囲まれて育った。
……男として育った。
つまり私にメイクやファッションの知識がつくわけがなかった。
士官学校に行って驚いたのは周りの女子がきれいだったこと。
あり得ないくらいきれいだった。
それにファッションセンスが洗練されていた。
彼女らを見て夜中にとっておきの私服を捨てた。その夜は一人むせび泣いた。
完全に心が折れた俺はわざとがさつに振舞った。
女子の輪に入る自信はないが、男子の仲間を装うことができた。
だけどある日……聞いてしまった。
「メリッサぁ? あの士官学校ブスランキング上位の?」
人を殺そうとはじめて思った。
これほどコンプレックスを刺激されたことはなかった。
そう、俺が恐れていたのはブスという言葉だった。
自覚はあった。
女子トイレでの会話。
何を言ってるかまったくわからない。
たしかに……美しくなることへリソースを割いたことはない。
だけど何の根拠もなく【平均くらいの顔】だと思っていた。
いや心の隅では容姿に恵まれてないことを自覚していた。
だから、ブス扱いされる日がとうとう来たのだと人生をあきらめた。
怒りもどこかへ霧散してしまった。
ただ憎悪だけが胸に残った。
コンプレックスを抱いたまま、死人のように日々を送る。
俺は、あれほど打ち込んだ剣術へのモチベーションもなくしていた。
そんなある日のことだった。
実習でのエイリアンによる襲撃。
それに伴うレオ・カミシロによる演説と英雄的行動。
レオ・カミシロは変なヤツだった。
全方面を見下し、上から目線を忘れない。
常に冷たく、他人に興味がないように振舞う。
本当に嫌なヤツだ。
そのくせあいつはブスランキングに関わらなかった。
男子で関わらなかったのはレオとケビンくらいだろう。
そのレオの内容は最低の一言であった。
あの全方面を見下していたレオがぶちまけた本音。
どんな野獣を心の内に飼っていたのかと思った。
そのレオは俺を女として見てる、欲情してると宣言した。
不思議と嫌ではなかった。
嫌なヤツなのに。
そのとき俺は都合のいい妄想をした。
上手く立ち回れば彼氏ってのができるんじゃないか?
なんたって俺でもいいからな。レオは。
だけど現実は甘くなかった。
レオはエイリアンから俺たちを護りきった。
侍の俺の目から見ても大金星だ。
そのとてつもない美談に帝国は敏感に反応した。
なんと皇女殿下を降嫁……いや皇位継承権はそのままでレオ・カミシロと結婚させたのだ。
かくして俺の企みは人知れず潰えたのであった。
その後、なんやかんやで愛人枠に収まることができた。
人生とは読めないものである。
さらに運のいいことに、レオは嫌なヤツではなかった。
俺が嫌なヤツだと思ってたのは必死に取り繕った姿だったのだ。
本当のレオは愉快なヤツだった。
道化の仮面をつけた猛獣。
それが本当のレオなのだ。
最近になってようやく理解できた。
そんな俺はレオと地下鉄に来ている。
地下鉄なんて、子どものころ父親の仕事で着いていった首都星以来である。
意味もなくテンションが上がる。
……それなのに。
「赤外線センサー発見! 処理します!!!」
そう怒鳴ってドライバーでコントロールボックスを開ける。
AIで作った無効化プログラムを刺し込んで書き換え完了。
オフにして無効化する。
「無効化成功!!!」
はー……暑い。
ため息が出る。
防護服の頭部。マスクをスポンと取る。
シャツも頭も汗だくになっていた。
トラップの除去は専門じゃないが文句など言ってられない。
防護服がなければミス=死なのだから。
入り口はトラップがなかったのに、少し中に入ったらこれだ。
進んでいくとトラップが次々見つかる。
あまりにも数が多すぎて俺まで除去にかり出された。
レオは除去を率先してやっている。
良くも悪くも裏表がない。働き者である。
あの演説からレオは変にキャラを作らないで生活してる。
クールぶっていたときですらファンがいたのだ。
今のレオはやたらモテる。
既婚者だからみんな遠慮して落とそうとしないけど。
殿下公認の愛人としては少しだけ……いやかなり女としての自尊心が満たされる。
「おーっすメリッサ」
本人が来た。
演説前のクールな姿はどこへやら。
ゆるくて適当な兄ちゃんになってしまった。
戦場での獰猛な姿とギャップがありすぎる。
「隊長。もうあきたー!!!」
ここは甘えておこう。
「俺も。単純作業なのに疲弊するのなー」
「トラップ多すぎるよ! ゾークには効果ないのに!!!」
ゾークは歩兵にあたるカニそっくりな個体にはビーム兵器が効かない。
こんなトラップ使うくらいなら博物館の火薬の地雷を使った方がマシだ。
火事場泥棒目的の宇宙海賊へのトラップなのだろうか?
いやリスクが高すぎる。
運が悪ければゾークと公爵軍と同時に戦闘になるかもしれない。
あっと言う間に死ぬだろう。
近衛隊のおっちゃんたちはそれをわかっているようだが声に出さない。
たぶんレオも本能の部分で理解しているだろう。
なんだか嫌な予感がする。
だからレオに切り出す。
「なんで公爵はこんな無駄なことしてると思う?」
「なんでって……歴史的経緯から……」
レオは少し野生の勘が鈍ってるようだ。
「ケビンにセクハラでもして考えてみ。無駄なのわかっててやってるんじゃないかな?」
「……え?」
「ここに秘密兵器隠してたとしたら?」
レオは固まっていた。
アホ面かわいい。




