第三十二話
俺たちの訓練はカオスそのものである。
とにかく時短が必要だったのでVRゲームで行う。
現在の軍事シミュレーターだと実弾兵器のデータがない。
なので俺たちは古い時代のゲームで代用している。
剣術も同じだ。
型稽古もVRですます。
ある程度鍛えて、実戦経験を経て、さらに吐くほど型やると型の重要性がわかってくる。
力みを抜くための工程なのな。
型稽古が終わったらメリッサと何度も対戦する。
ボコボコにされる。
「俺……弱いのか?」
するとメリッサが肩を叩く。
「隊長はさー、恐怖心とかがバグってるからさー、実戦でもゲームと同じ動きするけど。普通は怖かったり、痛かったりでできないから。ゲームだと弱いんじゃなくて実戦だと異様に強いんだって」
「え……?」
「隊長はさー。腕が折られても折れた方の腕で普通に殴るじゃん。銃で撃たれても剣で斬られても戦う。たとえ致命傷負っても心臓が動くうちは一矢報いようとするじゃん。それって人間じゃなくて野生の猛獣とかの世界なんだよなー」
「でも近衛隊のおっさんどもにもボコボコだけど?」
「そりゃ命の取り合いじゃないからね。それに隊長は攻撃パターン少ないし。近衛隊からしたら戦いやすいと思う。俺だってスパーリングだったら勝てるし。……スパーリングだったらね。武器のスパーリングじゃなくて近接戦闘全般にまで範囲を広げたらいい線行くと思うよ。隊長は一つ一つの武器の練度は三流未満だけど使える武器の範囲が異様に広いから」
本●か?
●部先生なのか!!!
守護いよ! 本●先生なのか!!!
「……ところでそれ褒めてる?」
「褒めてるよ。獣みたいに戦うなんて古の武闘家の目指した場所だしね。ある意味隊長は真理に到達してるよ。剣術を志すものとしてはうらやましすぎてどうにかなりそう」
「そうっすか……」
最後のは生暖かい温情のような気がする。
がんばらねば。
嫁にはまだ連絡つかない。
俺たちみたいに丈夫じゃないから治療に時間がかかっているようだ。
「あ、違う女のこと考えてる」
「悪い」
「別にいいよ。殿下のことでしょ。心配だよね」
「悪りぃ……」
「いいって。それよりもっと遊ぼうぜ」
嫁の命令でVRゲームは訓練として推奨してる。
近衛隊と一緒にみんなで型をやるっていう時期はとうに過ぎた。
一刻も速く立ち回りを憶えねばならない。
メリッサとの休憩が終わったら、みんなで攻城チャンバラをする予定だ。
人間との戦いも考慮して同じゲームで警察マップもやる。
世界大会後のフーリガン対警察だって。
フーリガン側は煉瓦と火炎瓶投げてくるので……ってシチュエーションが生々しいな!!!
「なに悟りを開いた顔してんのよ?」
「うん、諸行無常だなって」
そんな脳死会話をしていると警報が鳴った。
「婿殿、住民を発見したぞ」
また逃げ遅れて鉱山に追い込まれてるのかなと思ったらこっちはマシだった。
「どうやら住民は地下鉄に逃げ込んだようだ」
「地下鉄ぅ!!! と、都会じゃ……」
うちの侯爵領では地下鉄などない。
地上の貨物路線はあるが、それだってかなり時代遅れのものだ。
なお実家の侯爵領では大規模公共事業をする金などない。
「婿殿が発見したファイルによると地下鉄はシェルターを兼ねていて、万が一のときは避難場所にするように定められているようだ」
「じゃあ住民が見つからなかったのは?」
「地下にいたからではないかと思われる」
ゾークの出現を予知してたわけか。
本当に知ってたようだ。
「公爵は?」
「不明だ」
なるほど。
地下で指揮を執っているのか。
それともゾークとの戦争がすぐ終わると思って立てこもってるのか?
なんにも考えてない説は……うちの実家じゃあるまいし。ないな。
「どうする婿殿?」
「行くしかないんじゃないの? 救助に行けば大義名分を主張できるわけだし」
「わかった。婿殿はどうする?」
「行くよ。言い出しっぺなんだから」
というわけで専用機の使えない地下探索にGOである。
領都の真ん中に地上駅がある。
入り口はシャッターで封鎖されていた。
「工兵班、丸ノコちょうだい」
「へーい」
ビーム式の丸ノコを受け取ってスイッチを入れる。
ビーム式なのに丸ノコなのはもはや意味がわからない。
使いやすさを重視したデザインはそう簡単に変えられないようだ。
シャッターに押し当てると火花が散る。
実際は鋼鉄の刃と違って、焼き切る際に発生したゴミがかき出されてるだけだ。
最新式の熱切断なのですぐに切り終わる。
あとはやっとこで挟んで引っ張る。
バリバリと音を立てて少しずつシャッターが剥がれてくる。
本来なら装甲車や人型重機で壊してしまえばいいのだが、避難民がいるんじゃ丁寧にやるしかない。
シャッター切断して今度こそ中に侵入。
「ワイヤーありません! トラップなし!」
男子生徒が近衛隊に大きな声で報告する。
トラップの見破りかたを実地で学んでいるのだ。
「いいか諸君。罠は見えるようなところにあるとは限らない。例えばそこのテーブルに置きざりにされた菓子。思わず手に取った瞬間に」
男子が冷や汗を流すとおっさんは【ぼんッ!】と大声を出した。
「気をつけよ。小銭ゲームおもちゃにお菓子、トラップの達人は無意識に手に取ってしまうようなものに仕掛けてくるぞ」
怖ッ!!!
「むやみにそこらにあるものを触らないように」
人間の悪意とは恐ろしいものである。
「経験から言えば、今回に関してはトラップは二つに分けていると思われる。一つは火事場泥棒に来た海賊用、これは従来の罠と同じだ。問題は二つ目。ゾーク用の罠だ。俺だったら……死んだ同胞の遺体に仕掛ける。やつらは人間を喰うからな」
もっと恐ろしいのが来た。
「なので諸君らは遺体を見つけても触らないこと。我々近衛隊に報告してくれ」
それを聞いたこの場の緊張感はなかなかのものになった。
護られてこそいるが、やはり実戦にいるという自覚が芽生えたのだ。
どこよ公爵。
この真面目な空気に、はやくも俺は音をあげそうだった。




