第三話
「おっしゃ! 一休み……」
って口走ったときだ。
決意が弱まった瞬間、壁が破れた。
速すぎるだろが!!!
俺は悲鳴もあげることもできず、飛んできた壁の破片ごと反対の壁に投げ出される。
空気を吸ってげほっとむせる。
本気出したゾークをなめてたようだ。
今ので肋骨が折れた。
息が苦しい。
目の前には大きなハサミが見えた。
部屋の壁をぶち破りやがった!
俺は床を這いつくばりながら逃げる。
衝撃で落としたハンマーを拾って立ち上がる。
そこで異変に気づいた。
胸だけじゃなくて腹も痛えなと思ったら、壊れた壁の破片が重機を突き破って腹に突き刺さってた。
ああ、クッソ。こりゃ死んだわ。
この重機にはデブリを反らして致命傷を避けるタイプの装甲しかない。
ゾークの前じゃ紙装甲もいいところだ。
筋肉が切れたらしく腹に力が入らない。
あークソ、もう終わりかよ!
意思に反して体が勝手に傾いていく。
だが俺は足に力を入れた。
まだだ!!!
まだだ!!!
俺というモブの単独ライブはまだ終わってねえ!!!
命を燃やせ!!!
放送コードも恐れないで突き進め!!!
口の周りまで血で濡れていた。
男の勲章ってか。
さあ楽しくなってまいりました!!!
「D組のメリッサぁー!!! 俺、男みてえだしな……って! 俺っ娘ボーイッシュ女子は人類の宝だー!!!」
俺はハンマー片手に歩いていく。
さすが戦艦を落とす謎性物。
強すぎ。
一人じゃしんがりも無理だったか。
俺はすでに走る余力はなかった。
「よう、待たせたな。カニ野郎」
だけど誰かが貧乏くじを引かなきゃならねえ。
俺はハンマーを振りかぶる。
「E組のレン!!! わたしビースト種だしって! ケモ耳嫌いな男子なんていません!!! 女子だって好きだろ!!! ケモ耳!!!」
ぐちゃっとハサミが俺の胸に食い込んだ。
めきめきとどこかの骨が折れる音がした。
くそ、重機も戦闘服も役に立たねえ。
だがここでも俺は知識で立ち向かった。
骨を犠牲にしながらも俺はハンマーをゾークめがけてぶち込んだ。
だけどそのまま俺は壁まで飛ばされる。
ぐちゃっと音がして、内臓が飛び出そうなくらいの衝撃に襲われる。
だが幸いなことにあごは割れてない。
舌も噛んでない。無事なようだ。
まだライブは続けられる。
「残念だったな。まだ生きてるぜ」
心でリスナーの愛国心でも煽ってやるか!
「へいへーい。視聴者見てるー!? 次にゾークと戦うのはお前らだぜー!!! ひゃっほーい!!!」
あ、思いっきり口に出してた。
そっちじゃねえよ!
でも嘘じゃない。
事件の半年後には国家総動員体制と徴兵がはじまるんだよね。
かなりの数の惑星が滅亡するし。
学生も半分が死ぬんじゃないかな。
口から血が出た。
あー、これ内臓いったな。
絶体絶命。
もう時間稼ぎもできないだろう。
だけどそのときは来た。
【予備ドローン配備完了しました】
システムがプランC準備完了を告げる。
「ごほん……カニちゃん。……俺の勝ちだ。げぶッ!」
あーあ、格好つかねえ。
だけど俺の勝ちだ。
プランCの発動である。
俺の背後からなにかが飛び出した。
わざと残した予備ドローンだ。
グレネードモリモリで待機させてたのだよ!!!
ぐははははは!!!
爆弾ガン盛りの予備機を外壁に配備。
この区画ごと爆破してくれるわ!!!
自爆は艦長の美学なのだよ!!!
一度やってみたかったぜ!!!
警備ドローンは俺の砕いた殻めがけて突っ込んだ。
そのまま最後の力を振り絞って自爆するドローンに俺は敬礼する。
「いままで応援ありがとうございました。レオ・カミシロ先生の活躍をご期待ください」
おっと最後まで間違えた。
そろそろ終わりなので定番ネタで締める。
打ち切りエンドである。
「……ぐふッ! げぼッ!」
アホなことを言ったら、口から血が飛び出てきた。
あ、本当に限界来たわ。
もうこれで終わりだな。
だから真面目な方の遺言を口にする。
「みんな……聞いてほしい。俺はここで死ぬ……だから……俺の部屋の端末のローカルに保存してあるエロ物件の数々を消しといてくれ……そうすれば……俺はきれいなままみんなの記憶に残ることができる……」
あ、間違えた。
「俺の屍を超えていけ! 帝国万歳!」だった。
っていうかすでに汚れきってるよな。
まーいいかー。
もう死ぬし。
徐々に意識が薄れてきた。
今度こそ、今度こそ、「俺の屍を超えていけ! 帝国万歳!」だ。
最高の死に様を見せつけてやる!!!
「ところでさ、みんな胸と尻どっちが好き? 俺……おっぱい」
……間違えた。
もういいや。
言いたいことはすべて言ったような気がする。
だから俺は最後にやる気なくつぶやく。
「あ、はいはい。帝国万歳」
自爆スイッチぽちっとな。
部屋が爆発した。
後ろの壁が壊れた。
艦内の空気や小物が外に投げ出される。
ついでに俺も。
すっぽーんっとゴミと一緒に宇宙空間に吸い出された。
いやそこは松永久秀みたいに散るところじゃねえの?
ゴミみたいに外に出されたんですけど!!!
とんでもないスピードでデブリと一緒に船から遠ざかっていく。
キリモミしながら。ぐるぐる回転して。
どうにもできねえ。
すると実習艦が大爆発するのが見えた。
松永久秀の実績解除。
運がよかったのかデブリが命中することはなかった。
即死は免れたらしい。
キリモミしながら進んでいた俺も重機付属のスラスターが姿勢制御してくれた。
グルグル回転しながら死ぬのは勘弁してほしかった。
正直吐く寸前で許してもらえたので助かった。
弾丸よりも速く進んでいたのも重機のスラスターが速度を落としてくれた。
今は艦からゆっくり遠ざかっている状態だ。
過酷な宇宙空間からは重機と戦闘服のシールドで守られている。
生命維持装置のバッテリーが切れるまではね。
ゆっくり死んでいってね!!!
今日は宇宙空間でゆっくり死ぬ様を解説するよ!
チェンジ。
ずんだ●んに代われ。
外国通販のあやしい商品レビューするから……。
ふと頭の悪い一人漫才から賢者モードになった。
目に入るのはどこまでも暗い闇。
吸い込まれそうな気がした。
ってもう吸い込まれてるじゃん!!!
むしろ吸い出されてるじゃん!!!
ギャハー!!!
うけるー!!!
ヘルメットについてるライトも無意味だ。
「艦長、レオ! クルー全員の安否を確認! だからあなたも!!!」
クレアの声が聞こえた。
帰るまでが実習ですっと。
時間稼ぎできたな……はい、任務完了。
「ねえ! レオ!!! 生きてる!? 返事して!!!」
もう返事するのも不可能だった。
口の中から血があふれてきていた。
にしても……なんも見えねえ。
ああ、クソ!
手足の一つもちぎれてたら出血で意識なくなったのに!
死ぬ直前まで闇を見続けるのかよ!
運命の女神! てめえ俺のこと嫌いだろ!!!
腹を立てていると通信が入る。
「がーはっはっは!!! 面白そうなことしてるな。妾も混ぜよ!!!」
運命の女神?
ヘルメット搭載の骨伝導スピーカーから聞こえるのは少女の声。
味方だろうか?
それにしちゃ幼い声だ。甲高い。
幼年学校くらいの年齢だろう。
「カミシロ家のレオを救助せよ! 彼奴は英雄ぞ!!!」
「はッ!!!」
「下等生物を駆逐し、わが帝国の勇敢さを見せつけよ! いいか! 実習生に負けることは許さぬ。さあ槌を手に取れ! 突撃するぞ!!!」
「おおおおおおおおおおっ!!!」
おっさんたちの声もした。
うーん、なんだろう?
いきなり暑苦しくなったんだけど。
まー、いいや。
もう関係ないし。
どこまでも暗い闇に明かりが灯った。
やけに派手な船が見えた。
紋章は皇帝のもの。
それと並んで薔薇と髑髏の個人紋章。
あ、そうか。この声……。そして中二病全開の紋章。
本編の第128皇女……。
皇女ヴェロニカのものだ。
本編ヒロインの一人だ。
どうやら俺は助かってしまったらしい。
「……エロファイルの話ししなきゃよかった」
俺はそうつぶやいて意識を手放した。
どうやらまだ死ねそうにない。