第二百九十四話
巨大なアヤメがいた。
前に遭遇した映像の姿とはちょいと違う。
全身に甲殻類の殻みたいな装甲を着けた巨人だ。
アヤメは目を赤く光らせわなわなと震えた。
「我々は何百年もの屈辱を耐えた。この身を何度も作り直し、いつか帝国に一矢報いることを夢見た。何度もワープし何度も死に、ようやく帰ってこれた……この銀河を取り戻すために……」
「知らねえよバカ」
もう時効じゃねえの?
黒の災厄っていうのが皇族に伝わってるけど、それが共和国との戦争なのだろうってのは推測できる。
いくら恨んでいても当事者なんてもう生きてない。
帝国最年長の妖精さんだって時期を外していて当事者じゃない。
誰も知らないことを言われても心に響かない。
そもそも超極悪政権だった麻呂ですら当事者じゃない。
恨み言を言われたって心に響かない。
だから俺はアヤメを追い込むことにした。
「お前らの戦略的失敗を教えてやろうか。お前らはよ、嫁ちゃんに代替わりした時点で話し合えばよかったんだよ。侍従長をうまく使ってな。あのときは帝都の建て直しに、トマス義兄さんの遠征失敗、文官の粛正に公爵会の滅亡による諸侯の不足なんかが一気に来てたんだ。あのときだったら嫁ちゃんも講和しただろう。この辺には無人の惑星なんていくらでもあるんだ。領土だって割譲しただろうよ!」
「お、おのれ! おのれジェスターああああああああッ!!!」
「それだよそれ! ジェスターや帝国の恨み、個人的な恨みで国家運営したからてめえらは負けたんだよ!!! 俺がお前らだったら間違いなく帝国の靴をなめるね! 屈辱なんか忘れて帝国に外宇宙の恐ろしさを伝えて傘下に入って数世代かけて同化するね! 同化さえしちまえば遺伝子的に根絶するのは不可能だ。生物学的に勝利できたんだよ!!! それをドブに捨てやがって! 民族としての純血性? 遺伝子いじってる連中が血迷ってんじゃねえ! お前らの敗北は……アヤメ……お前が無能だったせいだ!!!」
俺は目標のためなら土下座くらいはするし、なんなら靴だってなめるね!
いつかぶち殺すけど、それは殺さなきゃいけなくなってからでいい。
耐えることができなきゃ指導者なんかやるべきじゃない。
嫁ちゃんの笑い声が聞こえた。
「カッカッカッカッカ!!! アヤメよ! 我が婿殿はただのジェスター、道化に非ず! 我の配偶者にして人類を導くものよ!!! 婿殿の本質は指導者じゃ! カカカカカ! この戦争はな……婿殿を取った方が勝ちだったのじゃよ! 残念だったな! 妾の男じゃ、お前にはわけてやらん!」
「ああああああああああああーッ!!!」
嫁ちゃんと俺に斬捨てられたアヤメが咆吼した。
精神がとうとう崩壊したのだ。
アヤメの周囲に金属製の砲台のようなもの。
おそらくビーム兵器がいくつも浮かび上がった。
次になにが来るのか仲間たちも容易に想像できただろう。
「練習どおりにやるぞ!!!」
シミュレーターでのデスブラスターの全方面攻撃。
それと同じだった。
360度全方位からのビーム乱射。
それがアヤメの切り札だった。
はっはっは!
残念だったな!
俺たち弾幕シューティングは得意なのだよ!!!
対処はシミュレーターと同じだった。
アヤメの砲台の質量は俺たちよりかなり軽い。
だから攻撃すれば簡単に角度を逸らしてビームのすき間を作ることができた。
あとはすき間をかいくぐって砲台を破壊して安全圏を広げていく。
新しい砲台がポップするのは予想の範囲内。
邪魔になったら撃墜すればいい。
俺たちには恐れるものなどなかった。
もうすでに攻略した戦術でしかなかったのだ。
時間なんかかけたっていい。
少しずつアヤメのリソースを削っていく。
俺は剣で砲台を壊していく。
ビームは照射とチャージを繰り返していた。
そりゃね、ずっと攻撃なんかできないって。
数百体のリニアブレイザーの方が何倍も理不尽だった。
だから俺はずっと数えていた。
照射できる時間、チャージの時間を。
「五秒後にチャージ! エッジ! 超能力で本体を攻撃! 俺は賢者になる!」
「了解!」
「妖精さん! 不思議な薬でもなんでもぶち込んじゃって!」
「レオくん……もういらないよ。何度も賢者になったんだから。さあ、想像してケビンちゃんのお胸を……」
悪魔かな?
でも妖精さんの言ってることは正しかった。
もう俺は自分の意思で賢者になることができた。
ケビンのお胸を想像しなくてもだ。
【システム賢者モードに移行します】
「アリッサ! 手伝え! タチアナはリモートから手伝ってくれ!」
「了解!」
「アタシはなにをすれば……きゅう……」
タチアナの力を吸い取ってしまったようだ。
すまねえタチアナ。
あとでワンオーワンとパフェおごるわ……遊園地貸し切り付きで。
エッジは超能力で炎を作る。
超能力増幅装置が何倍も威力を高める。
さらに俺の賢者による増幅がそこに加わった。
エッジの機体のデスブラスターが超能力で作り出した炎をチャージした。
さーて新必殺技の名前は……。名前は……。えーっと。えーっと……思いつかねえ!!!
「喰らえ! 倶利伽羅!!!」
あ、エッジに先に言われた。
自らのネーミングセンスの無さがうらめしい。
炎を纏ったデスブラスターがアヤメを直撃した。
そこで俺は気づいた。
これは正史の再現であると。
マザーを倒すのはエッジなのだ。
だけど違うのはいないはずの士官学校生がいた。
エディもイソノも中島も、レンもメリッサもケビンもニーナさんも……みんないないはずだった。
アリッサや俺はオープニングで死んでたはずだ。
嫁ちゃんはルートによっては生きてるけど最終決戦には参加しない。
クレアは最終決戦に参加するのは彼女のクローンだ。
オリジナルは実習船の襲撃で死んでたはずなのだ。
倶利伽羅を受けたアヤメの体には風穴が空いていた。
「お、おのれ……ジェス……ター……我らの恨みを……」
俺は跳んだ。
アヤメの首めがけて。
それは初めて剣と自分が一体化した気分だったのかもしれない。
刃はアヤメの首に突き刺さった。
アヤメの顔は憎悪で歪んでいた。
その顔が安堵に変わったとき、刃がアヤメの首を斬り落とした。
まだまだ普通に続くんじゃよ




