第二百七十九話
カーフマン卿の率いるスターファイター型宇宙空間戦闘機が機雷をすり抜ける。
ルナ様のおかげでソフトウェア技術に革命が起こった。
ソフトウェアによるアシストで応答速度は飛躍的に向上。
退役軍人でもかつてのエースパイロットクラスの操作が可能になった。
ルナ様が敵に回らなかったのは義弟の人柄によるものだろう。
……マザーAIの本体であるルナ様が本気で帝国を滅ぼそうと思えば赤子の手をひねるようなものだっただろう。
ある意味一度世界を救ったとも言える。
「トマス様、近衛隊準備完了いたしました」
俺の近衛隊が出撃準備を完了した。
「出撃せよ!」
残念だ。
俺は今回出撃できない。
俺も人型戦闘機の貴重なパイロットだというのに。
「トマス様。残念そうですね」
サイラスがクスッと笑った。
父を手にかけてからサイラスは俺を兄と呼ばなくなった。
古くから仕えてるものはサイラスの顔を知らぬわけがない。
サイラスがサイラス皇子であったことは公然の秘密というやつだ。
それがまかり通るほど父は嫌われていたのだろう。
悲しいことではあるが自業自得だ。
「ああ、残念だサイラス。俺はこれでも一流のパイロットだからな」
これでもシミュレーターではレオ・カミシロ隊に次ぐ成績だ。
指揮官役などせず前線で戦いたかった。
「指揮はトマス様にしかできませぬ」
「わかってる」
カーフマン卿から通信が入る。
「攻撃開始します」
スターファイター型宇宙空間戦闘機。
新たに帝国標準機に指定された機体だ。
対ゾーク用バルカン砲とミサイルを装備している。
我々も愚かではない。
プラズマに耐性があるというなら異なる武装を開発するだけだ。
パイロットたちはゾークに接近する。
まずはミサイルを撃つ。
32体マルチロックオンシステムで補足したゾークにミサイルを叩き込む。
小型ミサイルなれどカニ型ゾークの殻を貫通し、内部で爆発する。
ミサイル自体の小型化により搭載できるミサイルの数は多い。
まだ問題なく戦える。
カニ型は自身のプラズマ砲を撃つ間もなく爆散していく。
人型と違い格闘能力はない。撃ったらパイロットたちは距離を取った。
「敵反撃。回避行動に移る!」
生き残ったカニによるプラズマ砲での一斉攻撃が始まった。
だが通常の戦闘機の方が小さい分スピードは速い。
プログラムによるアシストでプラズマ砲をよけていく。
進路を塞がれればバルカンで蜂の巣にしていく。
よし、ゾークと戦える。
少なくともカニとは。
帝国はゾークによる帝都侵攻事件後、戦略の見直しを行った。
人対人から人対ゾークへの戦略転換を行ったのだ。
ゾークは義弟への対策に全力を注いだためか、我らへの対処が遅れた。
それがこの結果だ。
我らの主力兵器を無効にしたことで慢心した……いやただ単にデータになかっただけか……いや、そんなはずはない。
やつらはやつらなりに我らを理解しようとしている。
当初は雑だった我らへの理解も侍従長を取り込んだことで精密なものになっていると考えた方がいい。
そういうことか……。
「カーフマン卿! 簡単すぎる! 危険だ!!!」
俺は思わず叫んだ。
「増援来ます!!!」
やはりだ。
増援がやって来た。
カニではない。
まるで蜂のような姿だった。
蜂は通常の戦闘機と同じ速度で迫ってくる。
そして機雷原ではカニが機雷にかかって爆散していく。
そうか!
新型のために機雷を処分したのか!
「ふはははは! 小賢しい!!! このカーフマン! 息子の仇を取らせてもらおうぞ!!!」
カーフマンが宣言した。
まずい! 死ぬつもりだ!
「カーフマン! 戻れ! 命令だ!!!」
「トマス様……我が屍を乗りこえてくだされ。我が死のうとも! 戦闘データは引き継がれる!!! 無駄死ににはならぬ!!!」
「やめろカーフマン!!!」
カーフマン機が蜂をロックオンした。
ミサイルが発射される。
蜂はよけもしない。
次々と爆散していった。
なぜよけない?
……わざとだ!!!
「カーフマン! 逃げろ! 罠だ!!!」
「拒否いたしまする!!!」
「近衛隊! カーフマンを救助せよ!!!」
「はッ!!!」
下がる戦闘機と入れ替わるように近衛隊がカーフマン機へ向かう。
カーフマンは蜂をバルカンで撃つ。
バルカンも効果あった……が、次の瞬間、蜂が爆散した。
「ぬうん!!! 甘いわ!!!」
カーフマンは蜂の爆発をよけた。
「自爆するゾークがいることはすでに既知である! その手には乗らぬ!!!」
俺は猛烈に嫌な予感がしていた。
「……違う。ただの自爆のはずがない!!! 逃げろカーフマン!!!」
「……離脱!!!」
カーフマンも異常を感じ取ったのか操縦席を分離、操縦席がそのまま脱出ポッドになり機体から射出される。
カーフマンが射出された瞬間、周囲の蜂が同時に赤く光った。
次の瞬間、蜂が爆散し一つの大きな火球になった。
それが一気に弾け飛び撒いた機雷を仲間ごとご火球に飲み込んでいく。
なんということだ。
蜂は群れ自体が爆弾だったのだ。
「カーフマン!!! カーフマン!!! 生きてるか! 応答しろ!!!」
カーフマンが生きてるとは誰も思わなかった。
それほどの爆発だった。
ゾークはリソースを削ってでも我々を殺すつもりだ。
近衛が到達する。
「トマス様! 食い止めます!!!」
「無理はするな!」
「はッ!」
これ以上、犠牲者を出すわけにいかない。
カーフマン救助はあきらめればならないだろう。
「いい、お前らも逃げ……」
と俺がしびれを切らした瞬間、通信が入る。
「カーフマン殿の救助カプセルを確保しました!」
カーフマンは生きていた。
ならば!
「艦隊! 主砲による一斉攻撃!!! 蜂を近づかせるな!!!」
いまのでわかった。
ゾークは全力だ。
もうこちらもリソースなんか気にしていられない。
主砲もヴェロニカの戦闘データから改良されたものだ。
「攻撃準備できました!」
「射て!!!」
戦艦の主砲が発射された。




