第二百七十二話
イチゴ……イチゴ……イチゴ……。
イチゴのドライフルーツ山盛りシリアルを前に俺たちは息を呑んだ。
お残しは許されない。
海兵隊の鉄の掟が地獄を作り出す。
冷凍庫はすでにイチゴだらけ。
ドライフルーツどころかフリーズドライ施設も全力生産中なれど、それでも焼け石に水。
生は足が速くすぐにダメになるため死ぬ気で食べることが要求される。
苺ジャムも全力生産中。
ただしこれも三ヶ月程度しか保たない。
これムカつくのはまずいイチゴならムカつくだけですむんだけど、すんげえ美味。
ならば……もったいないが発動するのが日系帝国のサガ。
ストロベリーケーキ、苺ジャムを添えたアイスクリーム、イチゴのスムージー、イチゴグラタン……あん?
イチゴグラタンってなんぞ!!!
って思ったら焼きプリンか。
本当にグラタンに突っ込んだものが出てきたら暴動が起こっただろう。
イチゴのピクルス……普通に食えるなこれ。
「イチゴと粒あんのホットサンド焼けたよ!」
ケビンがデザートを作ったらしい。
「ありがとう」
受けとってパクリ。
うまい。
マフィンに豆花にゼリーにクッキーにラスクに……。
もはやネットのレシピサイトを一周した感がある。
おいしいのよ。
く、殺せ! レベルで美味しいのよ!!!
でもね、しょっぱいものが食べたい!
塩気と油が欲しい!!!
ピゲットら近衛隊のおっさんたちは死んだ目でイチゴを食べている。
でも酒飲み放題だからまだいいのよ。おっさんどもは。
イチゴから酒造りまくり、イチゴを氷砂糖とホワイトリカーに漬けたやつ……だけだったらいいんだけど。
燃料用まで作る状態だもんね。
で、イチゴを潰したカスは乾燥させて、アルコール作ったときに出た微生物のカスと混ぜて艦内で養殖してる魚の餌に……余るんだなこれが。
で、ここから俺は専門外で少ししかわからないのだが、有機化学は遠くても気合さえあればありとあらゆるものを生成できるみたいでアルコールから作れるものをガンガン生産すると。
さらに植物の残渣や食べカスから樹脂を合成したり、繊維を作ったりもしてる。
一部はアルコールの材料になるみたいだけど。
そこにイチゴを回してる……つまりだ、そこまでやっても絶望的に減らない。
もう無理。
食堂で嫁ちゃんがオンラインで会議をしている。
「だから! 本当に深刻なのじゃ! あのイチゴの品種は軍艦で使用禁止にするのじゃ!」
「そうは言われましても。もうすでに使用されておりまして……」
「いますぐ廃棄するのじゃ!!! それと食べ残し禁止の決まりを撤廃せよ!!!」
「ですが現在重要な案件がいくつも抱えていまして……優先順位的に決定は数ヶ月後になるかと……」
「なぜじゃあああああああああああああ!!!」
嫁ちゃんもイチゴフルコースの日々を送るのが限界だったらしい。
官僚さんも冷や汗だらだらである。
まさかイチゴで指揮が下がる事態が発生するなんて思わないもの。
こんなくだらねえことが、大昔の決まり一つでこんな大事になるなんて誰も思わないのだ。
その点、妖精さんはドライだ。
「不合理な決まりなんて破ればいいじゃないですか。もー真面目なんですから!」
悲しいかな。
公務員ってそんなものなのよ。
マニュアルに書いてある以上、規律は守るしかないのよ。
俺たちはプロの軍畜なのよ。
そんな中、英雄が現われた。
「みんなどうしたんスか?」
砂糖添加なしのドライイチゴをボリボリ食べる少女。
毎食同じものでも困らない黄金の精神性。
食事文化が崩壊した地からやってきた少女。
我らがタチアナである。
「いや……そろそろイチゴあきたなと」
「甘くてうまいっすよ」
イチゴに関してはいくら食べても怒られない。
クレアすらもドクターストップまでは黙認するつもりだ。
そこで味覚無敵のタチアナが無双しているのだ。
それにエッジとアリッサたちも合流した。
彼らも冬の間ずっと同じものを食べる生活をしていたのだ。
つまりイチゴが続こうとも困ることはない。
俺たちのようなお坊ちゃん育ちにはマネできない存在である。
だが彼らや、スラム化したコロニー育ちがいくら努力しようとも焼け石に水。
イチゴがあふれる。
だが救世主はその日の午後に現われた。
ストロベリーティーを飲んでると慌てた様子の嫁ちゃんが食堂に滑り込んでくる。
「婿殿!!! 見つけたぞ!!!」
「え、なにを!?」
「開拓惑星じゃ。ゾークの侵攻してない開拓惑星が見つかったのじゃ!!!」
公爵会の影響がない地域なので、おそらく刑務所がわりの流刑地に使われて忘れられた惑星のようだ。
どうやら数百年放置され文明が失われてたみたい。
地力で宇宙に到達できなくなったようである。
俺たちはゲスい顔をして地表に降り立つ。
たとえ俺たちが何を考えていたとしても、開拓惑星を再発見した際の軍のマニュアルに準拠している。
非難されるいわれはない。
天から降り立った俺たちを見て住民の皆さんは度肝を抜かれた。
言語も違うものに変質してたようで、妖精さんと院生が翻訳ソフトを作ってくれた。
院生もイチゴ地獄からの解放を望んでいたのだ。
「我々は銀河帝国のものです。私は宇宙海兵隊レオ・カミシロ少佐であります! 責任者の方にお会いしたい(慈愛の笑み)」
数日待つと国王様的な人が出てきた。
嫁ちゃんが直接出るわけにいかないので院生を引き連れた俺が会談。
外交は貴族の職責だもの。
医療教育その他の無償提供で合意。
他の国の場所も教えてもらってそれぞれの国に援助を約束する。
その代わりに物資の補給をする。
そして運び込まれるイチゴの山。
イチゴ酒、もはや限界まで貯めたドライフルーツ、イチゴカレー、イチゴ……イチゴ……イチゴ……。
とにかく大量のイチゴを押しつけ……げふんげふん。
無償提供した。
あと増えすぎた苗も捨て……無償提供した。
ふう、増えすぎたイチゴで艦隊が全滅するところだったぜ。
これからは増やさないことをみんなで誓った。
苗も適正量に抑えるのだ。
「天から降り立った神族の恩寵に感謝を」
開拓惑星は食糧が足りなかったらしく、王様たちに感謝されまくった。(ゲス顔)
いいことをすると気分がいいな~。(ゲス顔)
なお神じゃねえって何度も訂正したのに信じてくれなかった。
俺は悪くないはずだ。
ただ環境破壊が怖かったので妖精さんのコピー端末とドローンを置いて行く。
俺たちが苗の焼却処分をすると軍規違反だが、民間人が焼き払っても問題にならない。
妖精さんのコピー端末もドローンも一度民間になれば問題にならないのだ。
つまりそういうことである。
誰も損しないからいいよね。
「婿殿、今回の件は我らに品種改良の恐ろしさを教えてくれた……(すっとぼけ)」
「そうだね。嫁ちゃん……やはりナチュラルでサステナボーでロハスで……よくわかんねえや(ゲス顔)」
とりあえず軍と帝国には事の顛末を送信しておく。




