第二百四十四話
名家と言うほどではないが、そこそこ経営がうまくいってる伯爵家の次男に産まれ、首席どもが内務省やら大蔵省に入省するのを嫉妬の目で見ながら帝都中央大学をそこそこ優秀な成績で卒業し、上級試験を通って幹部警察官候補として採用されてから数年。
この超絶シゴデキエリート刑事、ジロウ・アマダは危機に陥っていた。
拳銃で撃たれた。
思った数倍痛い。
きっかけは……もはや遠い昔のようにすら思えるが、レオ・カミシロのせいである。
いや、野郎はがんばってる。
レオの野郎と比べれば内務省に入省した連中なんて塵芥。
相手にならないなんてものじゃない。
鼻にもかけないどころか、存在すら知ってもらえないレベルだろう。
その点、俺はレオの友人である。
向こうが否定しても俺はこの伝手を離すつもりはない。
それほどまでに強いコネクションだ。
レオがヘマして粛正されたら「ビジネス上の関係です」ってシラを切るけどな!
それでも殺人までならもみ消してやるし、粛正だって決まる直前までは助力してやる。
まあ、あの野郎は私情で殺人するほどバカじゃねえし、粛正が決まりそうになったら外宇宙まで逃げてるだろうな。
そこは信頼してる。
でだ、俺がなんでこんな目に遭ってるのかって話だ。
そう、公爵会だ。
レオと皇帝陛下がぶっ潰した組織だ。
そりゃ俺たち上級公務員は前から知ってたさ。
だって内務省やら大蔵省やら法務省のお偉いさんは公爵会しかいねえし、そもそも公爵会のコネがなければ最上級の省庁なんかに就職できねえ。
大学で主席取るほどクッソ優秀じゃなければな!
軍と警察が例外なのさ。クソが!
軍と警察はたとえ上級職でも体力バカじゃねえと勤まらねえ。
だから公爵会は避けてたってだけだ。
で、その公爵会の残党狩りを俺は命じられたってわけだ。
【狩り】なんて言ってるが長年帝国を牛耳ってきた超巨大組織だ。
普通なら家族ごと逃げてる。
でもよ、レオ・カミシロファミリーの一員としては逃げるわけにはいかねえってわけよ。
成功すりゃ、俺の将来の警察トップ就任は確定するはずだ。
そりゃよ、潜入捜査する連中なんかは命がいくらあっても足りねえ。
でも俺は指揮官だ。
そう簡単にくたばらねえよ。
って思ってたらこれだよ。とほほ。
俺を撃ったのは俺の彼女。……ついさっきまではな。
ネルは本庁の給湯室でまだ拳銃を俺に突きつけてる。
こういうヤバいときはレオの言葉を思い出せ……そうか!
相手の気を逸らして時間稼ぎをする!
よしやるぞ!
「冷蔵庫のプリン黙って食って悪かったよ……」
「黙れ」
髪の毛つかまれて顔に拳銃を突きつけられた。
レオの馬鹿野郎!
ぜんぜん効果ねえじゃねえか!!!
「……ごめん! ケーキも食った!」
「うるさい!」
傷口を蹴られた。
神経に触ってびくんっと体が跳ねた。
まずい、これ放っておいたら死ぬやつだ。
ネルは拳銃を突きつけたままで俺の目を見る。
「お前が押収した公爵会の秘宝を渡せ」
「は? なんの話だ……」
あ、やべ。
意識飛びそう。
血圧下がりはじめたのか?
はやくナノマシンの注射しねえと……。
「お前らが押収した証拠だ」
「そんなもん証拠保管……げふ」
口から血が出た。
あー……やべえな。
内臓やったかも。
「あ、アマダ! なにがあった!!!」
外から声が聞こえた。
「ネル、もうあきらめろ……じき仲間が突入する」
「救いようのない男だな。我らゾークが人間を恐れるとでも?」
嘘だろ……ケビンちゃんと同じ女性型ゾークかよ!
あのおっぱいの大きいすげえ美少女……。
おっぱい……が……いっぱい……はッ! 意識飛びかけた!!!
あ、あれ?
なにかを思い出そうとしたら意識が飛んだぞ。
おかしい、えっとケビンちゃんは……元男だ。
待て待て待て待て!
「ネル……お前……男か?」
「だったらなんだ」
……やってしまった。
複数の意味で。
甘い恋愛が黒歴史に変わった瞬間、俺の目の前に犬が見えた。
ああ、昔飼ってたホワイティだ。
そうか、迎えに来たのか……。
じゃあ川を渡ろうか……ぐえ!
「寝るな!」
「お前が撃たなきゃこうはならんかった……だろ……が」
視界が狭くなって顔が冷たくなってきた。
まずいぞ。
ああ、なんか視界の隅に妖精が飛んでるし……。
「おーい、起きてますかー? おーいアマダ」
「……誰だ?」
幻覚ではなさそうだ。
「いつもニコニコみんなを見守るマザーAIちゃんです!!!」
ちゅどーんと妖精の後ろで爆発エフェクトが上がった。
「お、おう。えっとジロウ・アマダ先生の来世にご期待下さい」
「あきらめんな!!! 起きろ!!! いま私が気を引きますんで!」
「なにすんのよ?」
「照明落とします。そしたら死ぬ気で逃げてください!」
「わかった」
「いっきますよー! いち、にい、さん」
俺は最後の力で立ち上がる。
「ダー!!!」
照明が落ちた瞬間、俺は入り口に走ってドアを開ける。
「くそ! 殺してやる!!!」
血まみれの俺は同僚の胸にぶつかる。
「お、おい! アマダ!?」
「……ネルに撃たれた。あいつはゾークげふッ!」
だばーっと口から血が出てきた。
「ちい!」
ネルが窓から逃げようとした。
「甘いんですよ~ポチッとな」
マザーAIの声がしてボンッと音がして給湯器が爆発した。
爆発に巻き込まれてネルが吹っ飛んだ。
マザーAI怖ッ!!!
警報が鳴り響く。
「だ、誰か! 暴動鎮圧用の接着銃持ってこい!!!」
俺の姿を見た同僚たちがネルを取り押さえる。
とりあえず数人がかりで押さえつけてその場にあったテープで手足と顔をグルグル巻きにする。
一人が椅子を蹴り壊してパイプを取り出す。
「ひざの裏にこいつを固定しろ!」
それでも何人もが暴れるネルに吹っ飛ばされた。
人間の腕力じゃねえ……。
最後にクロレラ処置を受けた機動隊出身のやつとビースト種のやつが押さえ込む。
「接着銃持ってきたぞ!」
「よし! 放すからすぐに撃て!!!」
ネルが樹脂で身動き取れなくなった。
俺はだんだん眠くなってくる。
「お、おい! アマダしっかりしろ!!! ナノマシンのシリンジを寄こせ!!!」
「おいアマダ!!! 起きろ!!!」
レオ……次会ったら飯おごれ。
あと殴らせろ。




