第二百三十二話
アオイさんの部屋に行くとワンオーワンちゃんがいた。
ワンオーワンちゃんはアオイさんを上官だと思ってるようだ。
お世話を……少なくとも本人はしてるつもりのようだ。
「閣下! なにかご用事はありませんか?」
「んー、とりあえずそこの棚のお菓子を持って行きなさい。ちゃんとお友だちと分けるんですよ~」
「了解であります!」
……なんだろうか。
近所のお姉さんとお手伝いしてるつもりの少女の図である。
アオイさんが脳味噌じゃなければだけど。
「おーいワンオーワンいるかー? ってクレア姉、チッス」
見るからにヤンチャそうな子が私に頭を下げた。
タチアナちゃんだ。
軍がレオの嫁の候補として派遣した超能力者だ。
とはいえ17歳のレオと14歳のタチアナだ。
10代の3歳差は大きい。
レオも恋人ではなく妹扱いしてる。
私たちも男子も妹扱いだ。
「タチアナ! 閣下からお菓子もらってあります!」
「おう、アオイ姉あざっす!」
タチアナは不良っぽいがちゃんと挨拶できる子である。
「で、クレア姉の用事は?」
「あ、うん、アオイさん。換装ボディが完成したそうです」
アオイさんが入ってるケースの電飾がピカピカ光る。
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
実はルナちゃんのボディの再建計画だったらしい。
だけど保留されていたのには訳がある。
「だって失敗したら私死にますし。でー、私のクローン作ろうとするじゃないですか。そうすると違うレア能力のクローンができるんですよねー。超能力でブラックホール作って辺り一面飲み込むやつとかー」
はた迷惑な。
みんな一瞬思ったけど、ルナちゃんの場合は魂の情報への変換という未解明の能力だ。
本人がコントロールできるものでもない。
今回も同じだ。
魂の移動も【できるけどメカニズムは解明されてないよ】というものだ。
ルナちゃんは自信があるけど、上層部の同意は取れなかった。
もしルナちゃんが死んでマザーAIまで停止したら帝国は滅びるだろう。
私でもゴーサインを出す勇気はない。
ルナちゃん自身も「別にそこまでたいへんなら肉体いらないですよ。いまだったら好きなときにレオくんからかいに行けますし」だそうである。
いつか肉体をあげて一緒にお出かけしたいな。
でもいまはアオイさんだ。
脳が壊れないように兵士十人で慎重にアオイさんの入った容器を動かす。
耐震機構が内蔵されてるって聞いたけど、それでも慎重に。
戦艦の研究区画に到着するとレオがいた。
仕事モードのレオはいつもと違う。
とても軍人らしい。
精悍な姿だ。
「カミシロ少佐! アオイ嬢の護送完了致しました!」
「クレア少尉! あいわかった!」
研究者たちがアオイさんを装置に接続した。
部屋にある大画面のディスプレイにルナちゃんが映る。
部屋の奥にはカプセルに入った女性の体が見えた。
黒髪のアジア系、おそらく日系人だ。
クローンではなく細胞を作ってそこからナノマシンで修復したものだろう。
そうするとなぜかクローンと違って死んだままになる。
それを細胞だけ生かした状態にしたものである。
医学的には無意味な処置だ。
「はーい、魂を移動します。アオイちゃん、一瞬落とすよ」
「はい」
研究者たちが真面目な顔で見守る。
「被験者! 活動停止!」
「はい転送」
「被験者脳死しました!」
「換装ボディ! 活動開始! 生命維持装置を停止して自立呼吸に切り替えます!」
「なんてことだ……我々はいま歴史が変わる瞬間にいるぞ」
一番年上の研究者、おそらく有名な大学の教授がつぶやいた。
「いやー、何百年も前に自分の体で実験されてるんで。別に時代は変わりませんよ~」
ルナちゃんがツッコミを入れるが教授は聞いてない。
感動に震えていた。
「生命維持カプセルから出します!」
「やれ!」
完全に教授が仕切っているが、プロなのでまかせよう。
液体から女性が出された。
ごぼっと液を吐く。
私はレオの目を隠す。
「なぜに隠す」
「むかつくからよ」
裸の女性であるからではない。
レオにこれ以上女性を近づけたくないからだ。
嫉妬もあるが、もう話はそんなレベルじゃないのだ。
本人はあまり自覚してないがレオは異常なほどモテる。
【異常なほど】だ。
ヴェロニカちゃんがいなければ士官学校女子の間で取り合いになっただろう。
でも話はそんなレベルではない。
ブス決定戦に不参加とかそういう理由がある話でもない。
もはや会った女性が吸い寄せられていくというレベルだ。
本当にヴェロニカちゃんがいなければどうなっていたかわからないレベルなのだ。
なぜか嫌な予感がする。
そりゃ救国の英雄で、最強のパイロットで、大公閣下で、外から見ればお金持ちだ。
モテないはずがない。
サムお義兄さんのところにまで求婚の申し込みが殺到してる。
だんだん変な女性まで近づいてきてるのだ。
特にアオイさんはただでさえ政治的に微妙な立場だ。
どうかレオに吸引されませんように!
アオイさんをベッドに移し処置は終了。
各種センサーや計測器をつけて集中治療室で経過をみる予定だ。
私はレオと研究所を出る。
「ねえ、レオ。これからアオイさんどうなると思う?」
「妖精さんが失敗するわけないから大丈夫じゃないかな」
レオはルナちゃんを全面的に信用してる。
もちろんルナちゃんは大切な仲間だ。
でも失敗する可能性は常に存在すると思うのだ。
レオが楽観主義者というだけかもしれないけど。
いやこのくらい私たちのリーダーが楽観的だから私たちはいままで生存できたのかもしれない。
数日後、アオイさんが一般病棟に移った。
レオと一緒に行く。
ノックするとかすれ声が返ってきた。
「どうぞ」
アオイさんがほほ笑んだ。
「まだ……神経がうまく作れてない……ので……声が……うまく……だせま……せん……」
「無理しなくていいよ。今は休んでて」
「伝えねばならない……こと……が……あります……」
「なにかあった?」
「マザー……は……レオ……恐れてます」
私はレオを見た。
今度こそ、この戦争を終わらせることができるのかもしれない。




