第二百三十一話
私、クレアは準男爵家の養子である。
家名はまだない。放っておいても近々カミシロになる。
実家の家名は兄と家督争いをしたくなかったので士官学校入学時に放棄した。
(その後、家は子爵家になって私自身は伯爵に叙爵された)
とは言っても兄も養子だ。
分け隔てなく育てられ、特に不満もない。
義両親のことも本当の親だと思ってる。
ただ少しアイデンティティに不安があるだけだ。
養父母は実子がいない夫婦だった。
農業に携わってるせいか自然主義者で、体外受精や試験管ベイビーよりは養子を選んだ。
義理の叔母も特に反対せず、私を姪っ子だと思ってくれる。
うちが貴族になったのは父の代だ。
もともと帝都から遠い惑星に我が家はあった。
小さな男爵領である。
かろうじて無改造の人間が住める星だ。
当然と言えば当然の話ではあるが、若者は帝都に流出し、高齢化率は上昇、限界集落だったらしい。
それを建て直したのが父だ。
父は生まれ育った星にとどまって地元の農業法人の役員をしていた。
若者がいなかったらしい。
そこで園芸用の植木の販売に活路を見いだした。
当初はうまく行ってたが、そこは弱肉強食が当たり前の銀河のはずれ。
ある日、海賊が領地に襲来した。
そこで領主一家は皆殺しに。
父が住民を率いて海賊を討ち果たした。
流れ的に父が準男爵となったわけである。
立場的には住民代表ではあるが、領主になるのは認めないといったところだろう。
命を賭けて戦っても見返りなんてない。
それが今までの帝国だった。
その父も今は領主で子爵である。
皇帝陛下であるヴェロニカちゃんや大公閣下であるレオとのコネクションの効果だろう。
で、父は近くの惑星と組んで物産展と総合スーパーマーケットを兼ねた店を帝都に開いた。
母と私たちも帝都に移り、地元と帝都を行き来する生活を送っていた。
なんとかがんばって生きてきたわけである。
そのスーパーもたった数カ月で20店舗に拡大。
ヴェロニカちゃんが懇意にしてる商社と卸売り事業をする合弁会社も順調である。
父からも母からも「なんていい娘を持ったんだ!」と感謝される日々である。
私を引き取ったときに親もかなりの年齢だった。
それが今では高齢者に片足突っ込んだ年齢になってしまった。
生きているうちに孝行したいなと心の底から思う。
婚約者のレオ本人との仲は好調だ。
趣味のプロレス鑑賞のことでなにか言われるかと思ったが、それは杞憂だった。
むしろ今度一緒に見に行こうと誘われたくらいだ。
理解のある彼でよかった。
そんな私は遠征の最中だというのに別の仕事をしていた。
サム・カミシロと連絡を取る。
レオの兄である。
カミシロ領はつい数カ月前まで地獄のような経営であった。
どうしてこの規模の土地が余りまくって首都近郊の農業惑星で借金まみれなのか?
不思議でしかたなかった。
なのでヴェロニカちゃんに頼んで弁護士、会計士、税理士などで組織する調査チームを派遣してもらった。
私だって領主の娘だ。
帝都近郊の農業可能な惑星なのに赤字を垂れ流すなんて!
それがどれほど異常なことかくらいはわかる。
以前のレオは実家のことなんて口にしなかったからなあ。
それに地元の人が経費でちょっと飲み会を開いた程度だったら文句すら言う気はなかった。
よくあることだ。
でも結果は……もともと農協の中央組織から大量の逮捕者が出た。
公爵会と組んで経営が苦手な惑星から搾取を重ねていたようだ。
それも数代にわたって。
激怒したヴェロニカちゃんによって事件が発覚し、その影響は周辺の同じように搾取されていた惑星にまで広がった。
他の惑星は大量の死者が出ていたようだ。
惑星カミシロだけはレオに言わせると「うちホント貧乏だよなあ……とほほ」ですんだようだ。
あんたの家、仮にも侯爵だろ!
レンの家がカミシロ家を嫌っていたのも今考えれば公爵会の圧力である。
公爵会に目をつけられていた家なのに、ノホホンと生きてこられたのが異常なのである。
それもおそらくレオの能力だろう。
レオの目が届かない場所は、この世界のほとんどは地獄ということなのかもしれない。
おそらく犯人たちは死刑を免れない。
それほどまでにヴェロニカちゃんは怒っている。
だけどレオには詳しく教えない。
能力が発動して生ぬるい結果で終わらせる。
ありえる話だ。
そんなわけにはいかない。
サムへの代替わりは良い影響をもたらした。
栽培品種の選定から、開墾、流通までをうちの実家と共同で行うようになって、心配されていた帝都の食糧危機まで改善されるほどの生産性と流通性が確保された。
今度は帝国の流通や経済が心配になった。
それはヴェロニカちゃんも同じだ。
今まで見たことないような辛酸をなめた顔をしている。
とにかく……惑星カミシロを邪魔する勢力は消えた。
サムは若手経営者として経済誌の常連になった。
経済誌のインタビューで「私の実力ではなく、弟や仲間たちのおかげです」と素直に言えるコミュニケーション能力の高さを見せつけている。
わからなければ、わかる人に仕事をさせるタイプだ。
惑星カミシロの将来は明るいだろう。
最近思うんだけど……もしかしてレオがいなければ帝国は滅亡してたんじゃないかな?
絶妙なタイミングで前皇帝が崩御して(暗殺だけど)、帝位に就いたヴェロニカちゃんがたまりにたまった膿を出せたから帝国は生き返ったわけで……。
ルナちゃんあたりが【そろそろ漫画アニメゲームに飽きたし暇つぶしに帝国滅ぼそうかな】って動いただけで滅んでたところだもんね。
そういう意味でレオは帝国を救ったんだと思う。
本人は【たまたまだって~】って言ってるけどね。
そんな私はいま困っていた。
「それ可能なの?」
「うん、私の超能力ならたぶん?」
話してる相手はルナちゃん。
体がない情報生命体って自分で名乗ってるけど、実はマザーAIの中の人だ。
本気になれば帝国を滅ぼす力がある。
そんな彼女は言った。
アオイさんの体を作ろうって。
そんなことできるの?




