第二百二十二話
【上官と嫁の目の前で古井戸に身を投げる芋虫】ことレオ・カミシロでゴワス。
もしくは【パパンの投げたリンゴが致命傷になったグレゴール・ザムザ】。
あれから三日、ナノマシンの働きで血管や組織は再生。
固まった血を排出して退院した。
でもしばらくは心拍数モニターを胸に装着。
24時間医療チームの監視下に置かれることになった。
心停止する可能性があるんだって。
あとナノマシンが血液中のカルシウム量なんかも監視してる。
ひっそり臓器が死んだときにも対応してくれてるみたいよ。
一応、自分でも目をチェック。
うん、黄疸出てないな。
肝不全は大丈夫と。
あとなんだっけ。黒目の周りが充血してたらヤバいんだっけな。
血尿も止まった。
上級士官の個室として与えられた小屋で薬を飲む。
血栓防止の薬もね。
あの高さからの落下での衝撃なのに脳は腫れてなかったらしい。
……どう考えてもギャグ補正だな。
でも念のためにモニターされてる。
食事はしばらくナノマシン配合の傷病兵用総合栄養ブロックである。
症状が悪化するとゼリーや経口補水液になって、食事ができなくなると点滴になる。
いまのところ「死ぬかもしれんけど大丈夫」というところだろう。
入り口には兵がいて俺を見張ってる。
俺が外にフラフラ出て遊ばないようにするための監視だ。
あと突然倒れたときに運ぶ要員でもある。
嫁ちゃんたちは暇を見つけては来てくれる。
妖精さんは俺の拡張現実に居座って監視してくれてる。
今回は落下死という一番地味なエンディングにたどり着きそうになった。
地味だけど死因に説得力あるからなあ。
能力の限界近くだったかもしれない。
俺の戦いを見た仲間であるが、あれはどん引きでなく、「ああ……だめだ……あの野郎……今回ばかりは死んだわ……」って反応だった。
そりゃね、俺の機体の手足……逆に曲がってたもんね……。
機体の首も変な方向向いてたし。
中の俺も姿を保ってたらラッキーくらいの勢いでいたら生きてたと。
俺が生きてたことを聞いた新入隊員は、さすがにどん引きしてたらしい。
「マジかよ……不死身かよ」って。
士官学校の連中は「まーたやりやがったなバカ!!!」ですんだのだが、俺をよく知らない連中は「そこまでしないと勝てない戦争なの!?」とパニックになった。
安心しろ……怪我するのは俺の役目だ。
って余裕ぶってたらエディが嫁ちゃんの艦の公式発表をかましやがった。
【これは人類とゾークとの種の命運を賭けた絶滅戦争である。甘い考えでは勝利はつかめない! レオ・カミシロ少佐は誰よりもそれを理解し、体を張っている。我々の命数も残りわずかかもしれない。だが戦わねば待っているのは絶滅である。我が敬愛する皇帝陛下も死を恐れてはいない! 陛下は仰った! たとえ我が死のうとも国民が生き残ればこの戦争は勝利である! ……素晴らしい御覚悟である! だが私は臣下として、こう付け加えたい! 立てよ国民! 武器を取れ! ゾークと戦え! 我が帝国を、愛する人を守れ! 皇帝陛下とレオ・カミシロに続け! 銀河帝国万歳!!!】
エディくんの解像度が高すぎる件。
このセリフ、俺を逆さに振っても出てこねえわ。
もしかしてエディさぁ……あいつ政治家としてクソ優秀なんじゃ……?
実際、俺の戦闘映像のストリーミング特番は同時間帯視聴率99%を記録。(俺は同時間にやってたアニメを視聴した)
そこにこの公式発表で志願兵がさらに殺到。
うちらに不足しまくってた下士官がようやく補充されることになった。
そんな状況なのに俺は寝てろってさ。
ゲームも禁止で暇すぎて死にそうになってたところに記者のお姉さんがやって来た。
「少佐。起きてらっしゃいますか~?」
「へーい。起きてますよ~。どぞどぞ~」
と言っても起き上がるなと言われてる。
寝ていると、兵士に横を固められた記者のお姉さんが来た。
「どうも~。ようやく許可が出まして~」
「じゃあ俺も明日には解放ですかね?」
カワゴン、肉、食イタイ。
「まだみたいですよ~。突然死の懸念が解消されるまで監視だそうです」
がっくり。
ま、面会禁止なわけではない。
ただ、脳と内臓と筋肉を使うなと。
つまり寝てろと。
人に会うくらいは許されるんだけど、VRゲームはダメなんだってさ!
「それでインタビュー大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ないですよ」
なんてインタビューを受ける。
でもねー、別に鋭い質問が飛んでくるってわけでもないのよ。
だって従軍記者だし。
嫌われて追い出されたら雇ってる会社が困っちゃうしね。
それに鋭い質問されたって答えられない。
俺は士官学校を卒業して軍の幹部になる前の卵だったわけだ。
まー無理よ。
エディがおかしいだけである。
それは記者もわかってる。
俺は次世代の軍を背負う将などではなく、ただ強いだけの蛮族だって。
だからこんなことを聞かれる。
「怖くないですか?」
「陛下が前戦に出てますから。私が逃げるわけにいかないでしょう」
本当は嫁ちゃんが前戦に出ることをみんな反対してた。
俺も反対だった。
でも嫁ちゃんは強行した。
だって「ゾークは妾を倒せばゲームクリアじゃ。妾が囮にならねばマザーが出てくることもあるまい」なんて言うんだもん!
ここだけRPGルールだよ!
でも俺もエッジもいるしね。
それに第三のジェスターであるタチアナもいる。
嫁ちゃんに内緒でピゲットと嫁ちゃん逃がす計画も練ったし。
トマスもサイラスも万が一の時は囮になるってさ。
ここまで覚悟ガンギマリなのだ。
俺が逃げられるかよ!
元から逃げる気ないけどね。
だいたいね!
俺たちが後方で遊んでたら戦況が悪くなったわけでな!
もはや理屈じゃないのよ。
俺らが行くしかないの!
ってのを上手に説明できたらなあ……。
普通に発言したら頭おかしいって思われるだけだしな。
「前にも質問させていただきましたが……この戦争どうなると思いますか?」
「正直に言っていい?」
「どうぞ」
「勝たなきゃ絶滅ですよ。国が、じゃなくて人類が。そりゃゾークと交配する未来はあるんですけど、家畜で少数生きるかなって未来ですよ。せめてドブ川でも生きられて単為生殖できるように進化することを祈るばかりですね。負けたら……ですが。私たちが戦っているのはそういう相手です」
記者の姉ちゃんがごくりと生唾飲み込んだ。
ようやく肌感覚として理解したのね。
話がまったく通じないんだって。
この日を境に和平派は消滅した。
どうやら俺の言葉は効きすぎたようだ。
サリエルという言葉は通じても話が通じない存在が俺たちを団結させたのである。




