第二百十五話
はいはい。とりあえず行かなきゃならんのね。
そもそもな、場所すら指定できない子と誰が約束なんかするんだよと。
ブツブツ文句を言いながら坑道を進む。
俺は自分の近衛騎士団と進む。
坑道の奥に何者かがいた。
俺たちのとは違うデザインの軍服を着た少年だ。
「やっほー、待った?」
わざと明るく声をかける。
もうすでに心理戦は始まっている。
「いま来たところさ」
はいお約束。
ここでわかるのは野郎がお約束のやりとりを理解してること。
表面上は会話のキャッチボールができるってこと。
意味まで理解してるかわからんけどね。
部屋に入るなり拳銃ぶっ放……と思ったけど軍の規則で断念。
勝手に宣戦布告するなってやつね。
限界まで拡大解釈すると降伏してるとも考えられる。
……ちゃんと嫁ちゃんとレイモンドさんとピゲットに相談したもん!
カワゴンちゃんとできる子よ!
「座りなよ」
少年が言った。
部屋の中央にはストーブがあって折りたたみのパイプ椅子に少年が座っていた。
ストーブの上にはやかんが置いてあって白い湯気を出していた。
俺の入ってきた方にパイプ椅子が壁に立てかけてあった。
おそらく作業員が使ってたものだろう。
はいはい、これね。
「あー……レイブン座る? 疲れたでしょ?」
「お断りします。……大公閣下。私にはあの存在を前に余裕を保つ自信がありません」
「ですよねー。さっきからヤバいのだけはわかるもん」
俺はパイプ椅子を広げて座る。
「お茶飲むかい? さっきそこで見つけたやつだけど」
「それ軍のお茶だからいらない」
やだねえ。
会話が成立してるよ。
言語モデルじゃなくて意味を理解してる。
「その軍服は?」
「共和国のものだよ。ボクは銀河共和国超能力小隊隊長サリエル少尉だ。どうぞよろしく」
「レオ・カミシロ少佐だ。共和国ねえ。国の体裁維持できてないのにな」
国家体制をちゃんと維持できてれば戦争は外交から始まるだろう。
外交すらしないのだから話し合う気がないか、国家体制が維持できてないかである。
で、本当に共和制だったら外交をしないってのは不可能だ。
国民が許さない……理論上はね。
そもそも共和制ならゾークなんて作らねえし、ゾークが国民だって言うならゾークマザーによる中央支配なんてあるわけねえだろと。
いまのところ嘘まみれである。
まったく信用できない。
「あはは。まったくその通りだよ。ボクらゾークは国家を維持できなかった。数百年前、ああ、詳しい日付はわからないんだ。記録を取る文化が復活したのが50年くらい前なんだ。とにかくボクが生まれるよりもずっと昔の話だ。古老の伝承によると帝国に侵略された我らは外宇宙に旅立った。ところが、ほとんどの人間が生存できずに死亡。ボクら外宇宙探査型の改造人間だけが生き残った。その間に文明も記録も何もかもなくした我らはどうにか帰ることが出来たって話だよ」
思ったよりひでえ話である。
結局のところ共和国の末路は皆殺しと同じ結果だったのだ。
だがそれは言い訳にならない。
「ならなぜ侵略した?」
「さあね、ゾークマザーの命令は絶対。おそらくマザーは君らを絶滅させた方がいいと考えたんだろうね」
帝国の悪行っぷりを考えれば因果応報ではある。
だけど市民にはその因果は関係ない。
「じゃ、話し合いにならねえな。レイブン帰るぞ」
「待ってよ。ボクはネットワークに繋がってる。だけど自由にさせてもらってるし、交渉の権限ももらってる」
はい嘘。
少尉にそんな権限与えるわけねえだろ。
ボケが!!!
騙すにしても雑すぎんだろ!
「……それでね。相談があるんだけどさ。マザー殺してくれないかな?」
はい嘘。
マザーを倒したら他のゾークが眠りにつきエンディングだ。
「嘘がヘタクソすぎんだよ。おととい来やがれ」
俺は立つ。
「あーあ、隙を見て脳をいじって仲間にしようと思ったのに」
それだけは嫌だ。
巨乳になった自分とか想像できん。
「君さ、猜疑心ってのが強すぎるんじゃない? 公爵のオジさんたちはすぐに騙せたよ」
あーあ。
犯人わかっちゃった。
俺はその瞬間、銃を抜いていた。
間髪入れず引き金を引く。
対ゾーク用無反動銃。
要するにバカでかい口径の実弾拳銃だ。
反動を抑える処置がされてる。ある程度ね。
俺のゴリラみたいな握力でギリギリ使える銃だ。
一発は命中。
もちろん俺は容赦なんてしない。
最初からフルオートでぶっ放してた。
弾がデカすぎて6発しか装填できないけど当たれば無事じゃすまないだろう。
6発の弾が発射された。
拳銃が跳ね上がり衝撃で手が痺れる。
弾道が安定しない。
何発か当たってくれればいいけど。
普通にアサルトライフル使った方がマシだわ。
舞い上がった粉塵の霧が晴れ、サリエルの姿を視認できた。
体のあちこちに穴を開けたままサリエルが笑う。
「あ、あはは! 容赦ない! 外骨格型だったら死んでたよ!」
でろんっとサリエルが液体になった。
「残念だけどボクは殺せないよ」
はい嘘。
永遠の存在なんているはずない。
寿命のない生物だって死ぬときは死ぬ。
「じゃあね」
サリエルがストーブを倒した。
こぼれた灯油に火がついた。
あ、やべ、火事だ。
でも俺は攻撃を優先した。
剣を抜いてサリエルを突き刺した。
液体を突き刺した剣がするっと抜けた。
だめですよねー。
じゃあグレネードをぽいっとな。
ついでに爆破消火もできたらいいなーっと。
「はい撤退」
みんなと一緒に逃げる。
プラズマは効果ありそうな気がするな。
どーんっとプラズマグレネードが爆発した。
部屋を見ると景気よく燃え上がっていた。
あ、やべ。消火失敗。
灯油ってヤバいくらい燃えるんだよねー。
「あー……」
どん引きするくらい一気に部屋が燃えた。
もう部屋一面火の海。
あー、あらかじめ可燃物を撒いてたのか。
そういうトラップか。
「レオくん! 隔壁落として消化剤噴射します!」
「はーい」
妖精さんが消火してくれる。
サリエルは逃げたよね。
どちらにせよ、この装備じゃ殺せないか。
苦手なのは火かな?
いやストーブひっくり返したのはサリエルか。
「ケビン、異常は?」
「他の隊はカニと戦闘中。でもすぐに鎮圧できると思う」
みんな戦闘になれすぎて歩兵状態でもカニは倒せるようになっていた。
笑える程度の怪我ですむだろう。
わざとらしく設置されてるストーブがなければね。
こうしてサリエルの顔見せイベントが終了したのだった。
って、そんなの許すわけないじゃん。
バカだねえ。
「嫁ちゃん、砲撃お願い」
「わかった! 全軍撤退!!!」
俺たちは死ぬ気で逃げる。
カニと戦ってた連中だって同じだ。
みんなが外に出て車両に乗り込む。
サリエルだってこんな速く出られない。
上空に流星が見えた。
「みんな生きてる~?」
「レオ! お前とつき合ってたらいつか死ぬっての!!!」
俺たちの後方で鉱山が爆発した。




