第百六十六話
二つ下のタチアナは男子女子関係なくかまい倒されてる。
エッジやアリッサがしっかりものだったからアホの子が来て安心したのだろう。
エッジもアリッサもアイロン一発でできるようになったもんな……。
敬語も敬礼も俺よりもちゃんとできるし。
俺はと言うと、まずはタチアナには徹底的に最低限の礼儀と軍の規律を叩き込んでるところだ。
うちは嫁ちゃんやトマスなど皇族が頻繁に出入りするので早急に叩き込まないとまずい。
嫁ちゃんは身内だからいいんだけどさ、トマスの近衛隊や侍従がいる【公】の状態でやらかしたらまずい。
戦場に行く前に死ぬからな。
俺だってかばいきれないし、タチアナが弱点だと思ったらそこをついてくるアホを根絶するのは不可能だ。
だから階級章は曲げるな、アイロン完璧にしろ、ベッドメイキングは手早くなんていう幼年学校生が泣くまでやらされるところを学習してる。
並行して箸の持ち方、ペンの握り方も。
犬食いの矯正は差し迫った課題だ。
あと軍の制服着てるときはピアス外せ。
懲罰はランニングと腕立て伏せ。
「こんなの聞いてねえよおおおおおおぉッ!!!」
ランニングコースからタチアナの悲鳴が聞こえた。
俺たちも心を鬼にしてやらせている。
エンカウントするのが男爵までだったら今まで通りでもいいんだけどさ。
ここは皇族と頻繁にエンカウントするラストダンジョン。
レベル1が生き残るには死ぬほどレベル上げするしかない。
次は行進を叩き込まなきゃ。
「なんでこんなもん憶えなきゃならねえんだよ!」
キレてるキレてる。
「だって俺たち皇族の警備するもん。できなきゃ処刑もんだぞ。はっはっは!」
「……嘘だろ」
士官学校に無駄などないのである。
そんなタチアナであるが、俺たち男子には反抗的だがケビンには絶対服従だ。
「ケビンの姐御! ちーっす!」
ヤンキー挨拶である。
なんでも【同じコロニー民階級なのに完璧すぎる女子力に叩きのめされた】だってさ。
みんな真相は教えないことにしてる。
なおタチアナはケビンとニーナさんに料理を習ってる。
お菓子の乾燥じゃがいもを水で戻してポテトサラダと言い張る文化から脱却したいようだ。
「妹たちにお菓子作ってやりたいんですよ」
血走った目で言われてしまった。
母親は死んでも料理しないタイプなんだって。
とりあえず「えらいえらい」と頭をなでる。めっちゃ怒られた。
ヤンキーキックされた。
うーん、威力不足。
近接戦闘教えないとな。帝国剣術も。
でも頭なでまわすのは俺だけじゃない。
リアルなヤンガー的ブラザーシスターが存在する勢は、【あれこそリアルな妹さ】と可愛がりまくってる。
「てめ、頭なでるな!」
と、本人はめっちゃ嫌がってるが、かまわず猫かわりがりされてる。
リアル妹なんで便所掃除も洗濯も当番のときにさせられてるけどね。
ときには厳しいもんさ。
ある日、タチアナに聞かれた。
「あんたらエリートなのになんで雑用やってんスか!?」
「俺たちは全部自分たちでやる方針なの」
そもそも軍艦乗りは……というかウルトラエリートコースの一部を除いては陸軍だって全部やる。
そりゃドローンでもできるけどさ。
故障したら全部自分たちでやることになるのだ。
最低限はできるようにしなければいけない。
「タチアナ、あ、いた!」
ケビンが来た。
「姐さん!」
ヤンキー的ヒエラルキーで世の中を見てるな。この娘。
「ヴェロニカちゃん来たから挨拶しようね!」
おっと嫁ちゃんが遊びに来たのか。
たしか後宮で三日間こもる儀式をしてたはずだ。終わったのか。
次は夫婦で帝国兵の殉職者へ感謝する儀式だ。
久々の儀礼服だ。
俺たちが食堂に行くと嫁ちゃんが来てた。
「婿殿!」
俺を見ると抱きついてきた。
結婚してよかった……。
「紹介するね。新入りのタチアナ一等兵」
「ッス」
ペコッと頭を下げた。
ケビンがタチアナの頬を引っ張る。
「教えたよね?」
「ふぁい……タチアナ一等兵であります! 誠心誠意務めさせていただきます!」
敬礼の角度ヨシ。
背筋伸びてる。
うん、合格。
「ヴェロニカじゃ。お主が軍が言ってた新しい愛人候補じゃな。これからよろしく頼むぞ」
「は!」
「なにそれ初耳」
「大尉殿の子どもを産めと命じられております!」
「クローンじゃダメなの? っていうかどうせ俺の知らないところでクローン作ってるんでしょ?」
「婿殿のクローンを作ってもジェスターの因子は引き継がれぬ。それに婿殿のクローンな、開拓惑星で300体ほど作成したらしい」
やっぱりやってやがった。
非人道実験。
「やだ気分悪い」
「報告では、誰もが優秀な兵士に成長したが、超能力者としては凡庸。記憶のコピーはしなかったようじゃの。それでも実戦投入してみたそうじゃが全員死亡。科学にあれだけ否定された魂の存在が浮上した形じゃな」
「超能力は魂依存って説? でもあれ陰謀論発祥じゃん」
というか俺の許可取ってくれない?
そうじゃないと逃げるよ。
本気で。
するとタチアナが手をあげる。
「あー、すまん。タチアナには酷な話じゃったな。どうか許してくれ」
嫁ちゃん、素直に謝れて偉い!
「いや、それはいいんですけど……アタシ、前のアタシとはミリ同じ存在じゃないってことッスか?」
「定義的には前のお主とは双子の妹じゃ。社会的には本人だがな。宗教的には争いがある」
「魂って一体なんスか? うちは坊主とつきあいないんで……」
「わからぬ」
ここで【制作者の悪意の塊ですよ~】なんて言っても信じてもらえない。
黙っとこ。
とりあえず俺のクローン作っても無駄だというのはわかった。
「体外受精は?」
「ああ、すでにやったぞ。我らの子どもに近い環境を再現するため、妾の母親たちの卵子を使って後宮で大事に育てられておる」
「……なんで俺に一言もないの?」
「人類の存亡がかかっておるからの。それに体外受精した婿殿の子にジェスターは一人もいないことがわかっておる。やはり自然な妊娠でないと因子は引き継がれぬようじゃな。それに婿殿は反対するじゃろ? 婿殿に夜逃げされることを帝国は恐れているから秘密にしたのじゃ」
「そりゃ反対するし、あんまり酷いようなら逃げるけどさー」
レンとメリッサは一緒に逃げてくれると思う。
具体的な逃亡プランを今のうちに考えておこう。
「それにさー、あとで問題にならない? 後継者問題とかさ」
「なあに、潰れた貴族家は山のようにある。適当に跡継ぎにするのじゃ」
次世代の帝国は俺の子どもだらけか……。
「タチアナ。そういうことなんで俺の子ども産むとか考えなくていいから。自由に生きて」
「一人産んだら5億クレジットくれるって軍と約束してるんで。こっちも妹たちの将来かかってるんで。ムラムラしたら襲いかかってきてください」
「たったいま全力で萎えた!!!」
「はっはっは! 婿殿はモテるの!」
なんだろうか。
ドンドン悩みが増えていくぞ!




