第百四十六話
麻呂の野郎はどうしてこう何度も何度も立ち塞がるのか。
さすがの俺もキレちまったよ。
体育館裏に……ってもう死んでるのか。
侍従長の演説タイムがはじまる。
「そもそもだ。我々クローンを逃がしたのは誰だと思う?」
あー、なるほど。
麻呂か。
「当時、ミツサダは父親を殺して皇帝になることを画策した。兄弟殺しに耐えられなくなったのだ。そこで実験用のクローンを解放し自らの手駒にしたのだ」
びっくりである。
麻呂に倫理観などという高度な知性が備わっていたとは……。
「ところが私のオリジナルは当時士官学校の同級生だったミツサダを脅迫した。もともと私の存在を知っていて監視してたようだ。10代の子どもだ。おそらく金をせびろうとしたのだろうな」
衝撃の事実が発覚した。
麻呂、士官学校のパイセン。
どうしよう……侍従長の話がぜんぜん頭に入ってこない。
「どうした?」
脂汗を流しながら明らかに動揺する俺を見て侍従長が気になったようだ。
もう俺の頭の中は麻呂パイセンの情報しか残ってなかった。
「あ、うん、はい。続けて」
メリッサもレンも顔を青くしていた。
もう頭の中は麻呂パイセンの悪夢でいっぱいだろう。
「お、おう。困ったミツサダは私にオリジナルの殺害を命じた。私はミツサダにオリジナルを呼び出させた。ミツサダはイライラしてたよ。私はね、ミツサダに忠誠を誓っていたんだよ。彼を強い皇帝にしないとならないと使命感を帯びてたんだ。だから私はオリジナルの殺害をミツサダに託した」
あー、えっと、麻呂がパイセンで……えーっと麻呂が侍従長のオリジナルを殺した……。
あん? 大事件じゃないか!
でもオリジナルは首の骨を折られてたんじゃ……。
「ああ……そのときミツサダは覚醒したんだ。超能力に。超能力に目覚めたってことはわかるかね? 皇室もとっくに庶民と交わっていたんだよ。なにが高貴な血統だ。笑わせる。我々クローンと何が違うのだ!!!」
妖精さんこと皇女ルナや長老の件を知らなかったんだろうな。
500年前には確実に超能力者が血統に入り込んでたわけよ。
しかも皇室主導で。
そもそもだ。
平民の血だって入り放題だろ。
ビースト種のレンだって父親は公爵だ。
なぜ純血主義者はできもしない理想を掲げるのか。
無理だって。
繁殖は生き物の本能なんだから。
麻呂くらい偏食じゃなきゃ絶対無理だって。
「だがね……私はミツサダを見捨てなかった。死体の後始末はしたし、殺人が発覚しないようにオリジナルに成り代わった。我ながら忠臣だったと思うよ。それもこれも強い皇帝、強い帝国のため! ……だけどミツサダは裏切った。士官学校を退学し、後宮にこもった。強い皇帝にならずに実の親や娘との情事に逃げたんだ。だから私はこの帝国を終わらせることを決意した」
結論が極端から極端に移行してる。
それだけストレスの多い人生だったのだろう。
「私はミツサダの代わりに皇帝の仕事をした。経済を停滞させ地方惑星に反乱の芽をばらまき、公爵会の力を増大させ、反帝国団体や純血主義の地下組織をいくつも作り、超能力者や改造手術の利用者を差別する空気を作った……なのに……」
あ、なんか嫌な予感。
「誰も、誰一人として、反乱を起こさなかったのだ!!! 超能力者も! 改造人間も! 公爵会も! 地方領主も! 軍部も! 市民どもが大騒ぎしたのもゾークに惑星の半分を壊されてからようやくだ!!!」
だって金ないけど安定してるもん。
うちの惑星だって農業と簡単な工業くらいしか産業なかったけど、なんとなく暮らせたし。
地元に不満があれば帝国に出稼ぎに行けばいい。
この帝国って基本システムがド安定してるのよ。
マザーAIこと妖精さんがインフラの管理してるし、経済は困ったら軍に行けば食えるし、行くところまで行った技術のおかげで医療は安いし。
帝都に限れば治安も悪くない。
クソみたいな人生ではあるけど、生きていられるのだ。
優秀な人物がひっくり返そうとしても不可能だろう。
ああいうのは外からの侵略やそもそも市民の民度が終わってて生活がゴミでもなければ起こらない。
帝国がどんだけ悪であってもだ。
帝国のシステムが食わせてくれるのだからひっくり返るわけがない。
麻呂は暗愚の中の暗愚だけど、戦争で負けるとか経済終わらせたとかがなければ革命なんざ起きるはずないのだ。
「そんなときだ。ゾークの手先と名乗る女が現われたのは……。彼女は人間を知りたがっていた。だから教えてやった。地下組織を丸ごと渡し、超能力者のリストを渡し、侵略しやすい惑星を教えてやったとも! レオ・カミシロ! 士官学校の実習計画を教えたのも私だ! ゾークの目的は特殊な超能力者の命だ!」
「は? いやだって超能力検査は陰性……待てよ。特殊な能力者はリストだけ作って発動しないように放置したのか?」
本来なら俺がジェスターに目覚めることはなかった。
ゾークと戦って闘争本能が刺激されたせい……とか。
目覚めたって帝国的には別にいいのだ。
軍にいて管理できるし。
ゾーク側からしたら大失態だったんだろうけど。
「その代わりに私が得たもの。それがこの力だ! さあ戦えレオ・カミシロ! 帝国を守るものを血祭りに上げ、帝国の威信を地におとしめてくれる!」
「え?」
俺はポカーンと口を開けてアホ面をさらした。
「俺……帝国を守るなんて思ったことない。嫁たちとの生活のために戦ってるだけで」
そう、俺は自信の平穏や仲間の生活のために戦っているのであって、帝国のためではない。
仲間の家族を助けるのは約束だからだ。
帝国の威信?
は? 俺自身が過去の黒歴史暴きまくって積極的に地に落としてるのに?
もう何度目だよ。帝国の黒歴史公開したのは。
もはや市民は【帝国の上は悪い連中ばかりだったけど、次期皇帝と婿ががんばってるから許してやるか! しかたねえな!】って思ってるんだぞ!
「アホか! 結局、帝国を意味もなく守ってたの侍従長じゃん。前皇帝のやらかしなんてさっさと暴露すればよかっただけなのに!」
組織の中で変えようとしてるんだから自然にそうなるわな。
「うるさい! お前のようなやつにクローンの気持ちなどわからぬ!」
俺も放置された超能力者なんですけどね。
「ガタガタ言わねえで、いいからかかって来いよ!」
俺は指をボキボキ鳴らした。
あー、もう、ダメだ。
侍従長と、俺、相性悪すぎ!
話してるとイライラする!!!(脳筋)




