第百三十六話
はっはっは。
首の骨にヒビが入ったので動かないように金具で固定された。
俺がいるのは軍の病院。
集中治療室。たぶんVIP用。
そこに屈強な男性看護師が見守って……監視してる。
俺が無茶しないように。
怪我はちょっとシャレにならなかった。
ナノマシンでの回復と超能力の自動回復も間に合わないほどだ。
軍人共済からものすごい額の保険金が入金されてた。
過去分も含めて。
申請してないのに。
でもこの病院、軍の病院だから軍人は無料じゃなかったっけ?
……もしかしてクビ?
そしたら、次の職決まるまで嫁ちゃんのヒモになろうっと。
あれから帝都は大きく動いた。
市民はブチギレ。
帝都の公爵関連施設に暴動&放火が相次いでる。
そりゃ本気で怒るわな。
焦った帝国はたった二日で公爵を粛正しまくった。
文官も逮捕が相次ぐ。
警察も実働部隊が怪我で動けないので憲兵が大活躍してる。
入院中の俺たちはゲラゲラ笑いながらニュースを見ていた。
このまま軍が権力を握りそうになったところで車椅子に座った嫁ちゃんが俺のところに来た。
「婿殿、まずいぞ」
そう言う嫁ちゃんの車椅子を押してきたのは大将閣下。
あわてて立って敬礼しようとするとマッチョな男性看護師さん数人に立たないように押さえられる。
「いやレオくん! 立たなくていいから! 頼むからそのままでいてくれ!」
めっちゃ焦られた。
「えっとなにがまずいの? ですか?」
「軍が力を持ちすぎた」
「それのなにがまずいの?」
「文民統制と建前を言いたいところじゃが……今回は警察が怪我で動けないのと文官を逮捕しすぎた。そのせいで本来なら軍がやるべきではない仕事まで軍がやるハメになってる……」
あ、それ知ってる!
俺を少佐にしようとするのと同じだ!
知識が足りねえからできねえつってんだろ!!!
俺が頭悪いからできないんじゃねえの!
幹部教育受ける前の大学教育を受けてねえからわからねえって言ってるの!
過去たたき上げで出世した軍人はみんなそこで詰んだんだからな!
軍だって警察用の教育とか文官の教育受けてねえからわからねえんだっての!
……軍はなんでも屋だからできちゃうんだけどね。
「どうするんですか?」
大将閣下が答えてくれた。
「とりあえずは引退した文官を呼び戻す。その間に採用を増やすしかないだろう」
ですよねー……。
問題は山積みである。
「ウォルターはどうなの?」
嫁ちゃんが露骨に嫌な顔をした。
こりゃなんかあったぞ……。
「壊れた」
「アレクシアの正体が60歳の汚いおっさんだったから?」
佐藤ヒロシ公爵60歳。
20代前半にしか見えなかったのは卑怯だと思う。
こればかりはウォルターに同情する。
俺だってジェスターの能力に目覚める前にケビンが正体隠して女性として近づいてきたら騙されたと思うよ。
ゾークが雑で助かった……。
「うむ……。ショックで部屋から出てこなくなった。後継者争いからも離脱の意思表示をしてるようだ……周りが許さないがな」
抱いたな。
何の根拠もないが抱いたな。
一生ものの黒歴史だ。
「俺も気をつけよう……」
「婿殿は大丈夫じゃろ。婿殿の黒歴史は笑えるものばかりじゃろ? 性癖暴露は女子たちが笑い話で終わらせてるし。ケビンだって婿殿が許すのならそこで話は終わりじゃ。だがウォルターのは違う。帝都の一区画が消滅し、少なくない人間が亡くなり、地方領主の当主も少なくない数が戦闘で亡くなったのじゃ。許されるものではない。ウォルターは民の恨みを買いすぎじゃ。いま皇帝になったら即日革命が起きるじゃろうな」
それ考えるとウォルターの立場だったら死にたくなるわ。
そこまで追い込む気はなかったんだよな……。
普通に皇位継承レースに勝とうと思っただけで。
最終的にウォルターが責任取らされることになるだろう。
死罪はないだろうけど……皇族としては死んだようなものだ。
嫌なヤツだったけどさすがにかわいそう。
「その点、我々は運がよかった」
「全員入院したけど」
「大怪我したのがよかったのじゃ。我々は率先して体を張って民を守ろうとした。少なくとも市民はそう思ってくれてる」
藁人形はウォルターに決定と。
「むしろ【子どもを前線に立たせるな!】と市民が激怒しておる。体が完全に治るまで休暇じゃ! 婿殿も絶対に動かぬようにな!!!」
そう言って嫁ちゃんは出て行った。
クソ暇である。
なので妖精さんを召喚しようと思う。
「妖精さん、遊んで」
「疲れるからダメですって。ヴェロニカちゃんに怒られちゃいました~」
すでに手がまわってたか。
「みんな入院しちゃって私も暇なんです! ひーまー!!! あ、侵入検知された! じゃあ行きますね!!!」
妖精さんもいなくなってしまった。
いるのは監視役の看護師だけである。
この看護師さんたちも下士官だと思う。
だってヒューマさんと同じにおいがする。
「あの……いま軍も病院も忙しいでしょうし、私の監視なんてしなくていいんですよ。動けませんし」
「自分たちは大尉の看護と護衛任務を遂行中です」
交渉の余地はない。
しばらく黙る。
暇だ。
「……あの」
看護師さんに話しかけてみる。
「なんでしょうか?」
ずうううん。
やっぱやめとこうかな。
「いつごろ退院できそうって聞いてますか?」
「軍は大尉の異常に高い負傷率を問題視してます。しばらくは退院できないと思ってください」
なんてこった……。
とうとう俺の怪我しすぎ問題が偉い人たちの議題に上がったか。
困ったぞ。
とりあえず監視員とは敵対しないでおこう。
「了解ッス。いい子にしてますわ。でも暇すぎるんで話し相手になってください」
「了解」
話し相手なんて言ったけど特に会話テーブルはない。
しかたないので寝る。
起きると夕方だった。
おいおい何時間寝たんだ?
俺も体にガタが来てるらしい。
護衛が俺をのぞき込んでいた。
あー……護衛の人が俺を起こしたのか。
「いま先生をお呼びします」
「へーい」
すぐに医師が来た。
なに!?
なんでこんな超特急で来たの?
「大尉。よく聞いてください」
「あ、はい」
なによ?
「異常な回復力で治ってます。そのため固定具を外します」
「え? それだけ?」
「それともう一つ」
「なんすか?」
「ウォルター派の残党がこちらに向かってます。いますぐ移動を」
「ふぁ?」
まさかの事態であった。




