第十一話
「婿殿起きたか? 顔が腫れてるぞ! 消炎剤!」
近衛隊のおっさんにナノマシンの消炎剤を顔面に直接注射される。
地味に痛い。
「ひどいよ。ヴェロニカちゃん。こんなの可哀想だよ!」
あまりに非人道的な扱いにクレアが抗議してくれてる。
ぽくクレアちゃんの家の子になる!!!
「可哀想でも婿殿にがんばってもらうしかないのじゃ! クレア、お前もじゃぞ!」
「わかってる!」
「婿殿。よく聞け。婿殿の得意な接近戦用にチューンした」
は?
「待て待て待て。俺の得意な接近戦!? しかたなくやってただけだぞ!」
「嘘つけ。どう考えても常に接近戦を狙っておったぞ」
違う!!!
選択の余地がなかっただけなんだって!!!
近衛隊のおっさんの手を借りて起き上がる。
すると装甲ガン盛りの機体が運ばれてきた。
嘘だろ。
俺の専用機だ。
「名付けて【ジェスターCQCカスタム】。ナックルと腕と脚部、それに肘膝に戦闘艦の外壁を取り付けた。各ギアは耐久度の上がった現行品に変更。チェーンソーは現行品を使うには本体の出力が足りぬ。古いものを使い回した」
「銃は?」
「腹部キャノンだけじゃ! あとの装備はすべて接近戦じゃ!!!」
嘘だろ!
「システムは?」
「ソフトウェアの改修は間に合わん。引き続き安定版を使え」
「安全装置は?」
「そんなもん……ない!」
「ですよねー!!!」
うん知ってた。
「どうすればいいのよ!!!」
「殴れ! 引きちぎれ! ぶった斬れ!!!」
ひぎ!
「敵は?」
「レーダーにはなにも映らぬ!」
「本部は?」
「相変わらず通信途絶じゃ」
どん詰まりである。
まだゾークが出てこないだけマシか。
それから数時間が経った。
俺たちは士官学校へ向けてあらゆる方法でアクセスを試みた。
そしてあきらめて晩ご飯を作り始めたころ、ドドドドと音を立てながら沖田めぐみが飛び込んできた。
相変わらず行きすぎたスレンダーさがセクシーだ。エロい。
「学校から連絡が来たよ!」
「本当か!? どうやったんだよ!」
「衛星経由のアナログ通信を傍受した!」
うむ、よくわからん!
どうやら沖田は工学に詳しいようだ。
もしかすると工兵のコースを取っているのかも。
「で、聞いて! 殿下も!」
嫁と一緒に装置のところに行く。
手作り感満載の基盤剥き出しのものだ。
その技術は500年前の技術どころの騒ぎではない。
初等学校の工学Iで習うようなものだ。
スイッチを入れるとノイズが耳を突く。
「モノラルで音質悪いけど我慢して」
そのまま音量を上げる。
すると士官学校からの通信が入る。
「繰り返す! 現在本部は敵性生命体の攻撃を受けている! 降下訓練中の学生は帰還せず校庭で待機せよ! 現在近衛隊が奮戦している! 10時間後に増援艦隊と合流予定。繰り返す! 降下訓練中の学生は帰還せず校庭で待機せよ! 地下の防空壕は皇女殿下の生体認証で開くようにした」
10時間!!!
俺たちにはそれだけの継戦能力はないぞ!
すると嫁が叫んだ。
「戦闘員以外は防空壕に行って待機じゃ!!!」
「殿下は?」
「指揮官が逃げてられるか! 婿殿よ! 妾を守ってみせよ!」
無茶言ってくれるね。
でも嫌いじゃない。
「わかった。絶対守る」
「ふ、婿殿のそういうところ好ましく思うぞ」
俺たちは笑い合う。
だけど現実として救助がすぐに来るはずがなかった。
だが、あの近衛隊ならここまでゾークが来るはずが……。
するとレーダーを見ていたレンがケモ耳を揺らしながら言った。
「所属不明の物体飛来します!」
今度は男子、ケビンが怒鳴った。
「こっちは地中からなにかがわいたよ!!!」
ゾークどもだ!
絶体絶命すぎる!!!
「戦闘員は重機に乗り込み配置につけ!!!」
近衛隊のおっさんが怒鳴った。
機関銃は配備してある。
ゲームだったら効果あったけど、実際どこまで戦えるかはわからない。
それでも俺たちは戦うことを選んだ。
俺はクレアとジェスター専用機に乗り込む。
【ジェスターCQCカスタム起動します】
無駄に追加されたシステム音声と駆動音。
ギアがうなり声を上げ振動が俺を揺らした。
「レオ! ローラーダッシュ使用可能です!」
クレアの声とともに俺はローラーダッシュで発進した。
ガレージを出ると地面からゾークが這い出てきた。
「婿殿! ナックルに杭打ち機を仕込んだ! 使うのじゃ!!!」
さすが嫁!
浪漫というものがわかってやがる!!!
「うおおおおおおおおおおお!」
俺は突っ込んでいく。
カニ型のゾークに近づいた。
シオマネキのように片方の爪が大きい。
「ギシャアアアアアアア!!!」
スピードは充分だ。チェーンソーを使うまでもない。
俺は拳をぶちかました。
重い!
バキリと殻が割れる音が響く。
「今だ!!!」
ナックルの火薬が爆ぜた。
ナックルに仕込まれた槍が割れた殻から中に入る。
「有線の爆破コードがついておる! 手動で爆破せよ!!!」
「爆破ァッ!!!」
芯から爆発した槍がゾークの中に破片をばら撒いた。
たった一発でゾークは動きを止めた。
即死だ。
一撃でゾークの神経を断ったのだ。
ただこちらにもダメージがあった。
火薬式のハンマーよりはいくらかマシだけど。それでもこっちまでノックバックした。
ローラーダッシュが空回りした。
「おっしゃ!」
先制攻撃は成功した。
俺に気を取られたゾークへ機関銃の嵐が襲う。
500年前とはいえ現代ではほぼ廃棄された実弾兵器。
ゾークへの効果はあった。
殻に穴が空き、ゾークが体液をまき散らした。
俺はチェーンソーで斬りかかる。
だけどイレギュラーが起こる。
ガンッとチェーンソーが跳ねた。
「ノックバック!!!」
体勢が崩れたところにゾークが爪を突き刺そうとする。
「ファイア!!!」
ドンッと腹部の砲台が火を噴いた。
クレアが複座の砲を撃ったのだ。
目の前のゾークに風穴が空いた。
明らかに威力が増していた。
俺の方はと言うとノックバックしたところに砲台の反動だ。
体勢を崩して膝をつく。
だけど俺はあきらめなかった。
チェーンソーを持ってない方の手をついて一歩前に出る。
そのまま無理矢理起き上がって群がってきたゾークに拳をねじ込む。
そのまま無理矢理ローラーダッシュで前に進み、奥のゾークへショルダータックルをお見舞いした。
俺に跳ね飛ばされたゾークへ機関銃が浴びせられる。
ゾークは足を止めた先から穴だらけになっていった。
いける!
俺たちの連携は完璧だった。
汗が額を流れ落ちた。
緊張のせいか息が絶え絶えになる。
「婿殿をサポートせよ!!!」
ここで重機隊がハンマー突撃した。
重機はジェスター専用機より一回り小さい。
装甲が薄いに違いない。
おっさんが一人でも怪我したら嫁は悲しむだろう。
なんたって……あいつらお義父さんだしな。
俺は深く息を吸い込みローラーダッシュ全開。
突撃。
ローラーダッシュの勢いのまま大きな方の爪をつかみ後ろに回る。
格技講習で習った技だ。
素手でやっても人間相手ですら効かなかった。
だけどローラーダッシュのスピードでやれば効果があった。
ぶんっと宙を舞い、胴体が地面に突き刺さる。
「だんちゃーく! いまぁッ!!!」
男子が叫び、迫撃砲が爆発した。
俺は火薬の煙へ飛び込み男子たちに迫っていたゾークを後ろから斬りつける。
「レオ! 後ろ!!!」
クレアが砲台を回転させ真後ろのゾークに主砲を浴びせた。
「はあ、はあ、ないすー」
「……暑い」
戦うまで想像もつかなかったが、操縦席の温度がドンドン上がっていた。
「発破ぁッ! 3・2・1・ファイア!!!」
ドカンと地面が爆発した。
ゾークの群れが地面に飲み込まれていった。
……なんだかんだで対策さえできてれば優秀なんだよな。
うちの士官学校の生徒。
近衛隊はさらにその上をいっていた。
ハンマーで次々とゾークを始末していく。
怪我したものは早めに下がって治療を受けていた。
たしかに勝っていた。
今は。
その事実が俺たちに突きつけられてしまった。
10時間も保つわけがない。
次々とゾークは出現する。
倒してもキリがない。
休ませてもくれない。
しかも士官学校の生徒とはいえアマチュアがほとんど。
一人でも死んだら総崩れだろう。
使い物になるのは教官と近衛隊員くらいか。
攻撃の手が弱まったそのとき絶望に気づいた。
……こりゃまずい!!!
そのとき嫁の声がヘルメット内に響いた。
「婿殿下がれ! 敵の攻撃がやんでる間に休憩するのじゃ! 婿殿が倒れたら戦線が崩壊する!」
えー、俺戦力にカウントされてる!?
言われた通りに前線から下がって休憩。
電解質のドリンクを飲んで、粒子シャワーで体を消毒する。
体の細かい傷に回復ゲルを塗って椅子に座って一息つく。
「婿殿! クレア! 一応渡しておく!」
嫁が来た。
嫁は俺になにかを投げてよこす。
嫌な予感がする毒々しいカプセルだ。
「自決用?」
「違う!!! パイロットが使う眠気を飛ばす薬じゃ! 眠くなったら飲むのじゃ!」
「なにこの毒々しいカラーリング……」
毒キノコのカラーだぞ……。
「暗くても見えるように工夫されてるのじゃ!」
まだ眠くない。
お腹の薬と一緒にピルケースに入れておく。
端末で調べるとやはり民生用のだった。
嫁の気持ちはうれしいが……医務室の薬を使うしかないだろう。
「で、俺とクレアの交代要員っているの?」
俺とクレアがだめになっただけで総崩れはまずい。
嫁ならその辺ちゃんとわかってるはず。
「いるぞ。メリッサ!」
「なになに殿下? とうとう完成した?」
俺っ娘ボーイッシュ女子、属性多めのメリッサがやってくる。
「おお、ついさっき完成したぞ」
「なにがよ?」
「いつも訓練で使ってるやつの接近戦カスタム機」
「待て待て待て、一からプリンターで出力したのか!?」
練習機の設計図はあるはずだ。
でも一から組むとなると学生の能力からは逸脱している。
「うん、装甲マシマシにカスタムした」
おいおい! 整備したの誰だ!? クソ優秀じゃねえか!!!
たしかにこの世界の技術なら可能だ。
可能なのと実際やれるかは別だけどね。
しかもロボレベルになると大量の資材が必要なはず。
俺のドロップ運だけで足りるのか?
「資材は倒した生物を還元炉に入れて確保したが」
足りちゃうの!?
ジェスターの能力だ……。
質より量なら圧倒的に有利である。
だが強力な武器を作ることはできないはず。
「古い実弾兵器を数そろえられるとはな。カニの化け物も役に立つのじゃ」
あ、そうかレア装備は無理でも普通のを数そろえるなら有利なのか。
一番弱い練習機も数があれば戦えるもんな。
そうか……俺の生存でゲームのルールそのものが変わったのか!
いまのゲームは戦術級のSLG状態なのか!
「俺たちも出撃するぜ」
男子どもまでやってきやがった。
「お、おい、お前らまで練習機で出るのか」
「おう、人型重機よりマシだろ。一応戦闘用だし。近衛のおっさんたちも練習機で出撃するぞ」
「お、おい、俺も……」
「レオ、おまえは休んでろ」
「……怪我すんなよ」
「まかせろ!!!」
そう言ってメリッサと男子たちは行ってしまった。