第百二話
妖精さんが帰ってきた。
正確に言うと帰って来たのではなく「どこにでもいてどこにでも現われる存在」らしい。
でも体感的には意味がない。
一度に複数の場所に現われることはない。
妖精さんはスペック的には複数箇所で別々の人間と会話できる。
だけどそれをやると自分の存在がわけわからなくなる。
必要なければ複数箇所への同時出現を避けたいそうである。
本人が言ってた。
「はーいレオくん、ボルトスロワーの設計図もらってきましたよ~」
アバターがピコピコ踊る。
「ボルトスロワー? ボルトナットを飛ばすん?」
釘打ち機みたいなやつ。
もしくはボウガン?
矢もボルトって言うし。
「そっちのボルトじゃなくて電撃兵器の方ですね。電撃はゾークに有効みたいですね」
「そっちか!」
「はー……ヴェロニカちゃんと真面目な話してたら疲れました。少しここで寝てていいですか」
「へーい、お疲れー」
「ありがとう……にしてもさー……」
妖精さんは愚痴りたいようだ。
「私はですねー、あんまり暗い話したくないんですよー。自分には悲劇でも他人から見たらギャグでしかないんですからー。私は漫画アニメゲームを摂取しながらだらだら過ごしたいだけなんですよね」
「なにそれ?」
「こっちの話ですよ~。じゃー、疲れたんで少し寝ます」
妖精さんはスリープしたようだ。
少し様子がおかしい。
ま、でも妖精さんなので夜には起きてきてオンライン対戦ゲームでキッズ相手にあおり散らかすのだろう。
それと同時にクレアから通信が入った。
「新兵器の設計図が転送されました。造形プリンターは二つ先の区画にあります」
「じゃ、そこ目指そうか」
念のため肉片をテルミット弾で焼いてから移動する。
それにしても通風口からやってくる肉の化け物って、完全にホラーじゃねえか。
ここまで人の神経逆なでしてくる化け物を作るなんて……。
かなり人間への理解が進んできてるようだ。
造形プリンターへの部屋に着くとクレアが端末を操作する。
「ボルトスロワー……電撃兵器って燃費が悪すぎて廃止されたんじゃなかったっけ?」
メリッサがうなずく。
「幼年学校の歴史でやったよね。でもプラズマもレーザーも効果ないんだからこれしかなかったんじゃないかな」
「実弾は?」
俺が聞くとクレアもメリッサも笑う。
「火薬のカロリーに対するロスが多すぎて話にならないよ。それに弾薬作らなきゃならないし。首都から惑星で生産し続けるのは難しいよね」
要するに帝国は再利用可能なエネルギーパックの兵器にしたいわけだ。
エネルギー生産はジェネレーターで理論上無限にできるからな。
弾薬の供給がネックになってトマスの遠征が頓挫するのを避けたいのだろう。
なんにせよ新兵器である。
ありがたく使わせてもらおう。
生産を終了するとまた進む。
だんだんと通路が倉庫っぽくなってきた。
「この辺から倉庫かな。防空壕も兼ねてるんだ。たぶん親父はこの辺に立てこもってると思う」
メリッサが説明してくれると妖精さんも起きてきた。
「ふぁー……よく寝た。何時間くらい経ちました?」
「2時間くらいかな」
「じゃ、残りのドローンで通路探索と通風口探索の続きしますね。クレアちゃん手伝って」
「了解」
妖精さんとクレアがドローンを操る。
新型の敵が超音波センサーに映らない問題は解決してない。
だけどそれはしかたない。
どんどんドローンで通路を進んでいく。
「んー……そこの部屋に誰かいますね」
そう妖精さんが言ったけど、センサーで検出するまでもなく一目瞭然で誰かがいるのがわかった。
だって土嚢が積まれてて爆弾トラップも設置されてる。
奥には軽機関銃が待ち受けていた。
「メリッサ呼びかけて」
「了解。親父、俺だ! メリッサだ! 助けに来たぞ! ほら、帝国軍の認証コード送るから!」
帝国軍の認証コードを送る。
メリッサの士官学校所属証明書と書類上直属の上司になってる俺の帝国軍階級証明書、それに嫁ちゃんの皇族証明書を送る。
端末が生きてればすぐに照合できるはずだ。
しばらくすると連絡が来た。
「メリッサ! 来てくれたか!」
若い声だ。
学生臭さが抜けるくらいの年齢だろう。
20代後半かな。
30代前半かもしれない。
「兄貴来たぜ。……ザンマが死んだ」
「そうか。ザンマは俺たちを逃がすためにしんがりになって……」
「そのあと肉に襲われた。なんだあいつ! 通風口から出てきやがった!」
「ああ……俺たちもあいつに追われてここまで逃げてきた。メリッサ……皆さんを連れてここに来てくれ」
みんなで奥の部屋に行く。
そこは倉庫だった。
通常の戦車や弾薬、人型戦闘機が格納されている。
その真ん中に顔に布を乗せられた人が横たわっていた。
遺体だと一目でわかった。
メリッサが人型戦闘機から飛び降りる。
「スズキ師範!」
メリッサが遺体の一つに駆け寄った。
「あ、兄貴嘘だろ! スズキ師範が死ぬはずねえだろ!」
メリッサの兄と思われる青年が首を振った。
メリッサと同じで鋭い目つきで鍛えられた体の男だ。
兄妹だって一目でわかる。
「肉にやられた。いきなり通風口からやってきて対処ができなかったんだ……」
「くそ!」
メリッサが床を叩いた。
ここで俺たちが追いついた。
「兄貴! 親父は? それに隼人兄は!?」
「親父たちと分断された。たぶん奥にいる。隼人もそっちだと思う。ところでだ、そこの男性は?」
「紹介するわ。レオ・カミシロ大尉」
「あ、はい。……いつも妹がお世話になっております。兄の陸人・館花です」
「あ、ども。レオ・カミシロです」
この独特の間……日本人だ。
それもかなり血の濃い日本人だ。
向こうもそう思ったようだ。
非常時で人も死んでるのでギャグシーンなし。
「えっと……メリッサの婚約者の方ですよね?」
「はい彼女に支えてもらってます」
無言。
この空気がつらい。
メリッサがスズキ師範に手を合わせた。
「レオくんでいいかな。その……私はそんなに会話が上手なタイプではないんだが……メリッサのフォロー頼む。うちは親父が首都星勤めで俺たちは年が離れてたからメリッサが小さい頃は士官学校にいたんだ。だからメリッサを育てたのはスズキ師範たちでな。そうとうまいってると思う」
「わかりました」
メリッサの兄貴なのでちょっと怖いかなと思ってたが……常識人だった。