第百一話
※湿度高め注意
婿殿の窮地にハラハラしてるとAIから連絡が入った。
「やっほー。ヴェロニカちゃん。【ガイア】の使用を許可してくれるかな?」
「はあッ!? お前なにを! ガイアは……」
「帝国軍の禁止武器だよね。非人道的すぎて人間には使っちゃだめなやーつ♪」
「貴様……」
ガイアは要するに火炎放射器付きグレネードランチャーである。
火が付くと異常なほどの高温になる液体入りのグレネードと火炎放射器モードを切り替えられる。
周囲の酸素を根こそぎ奪い、近くにいた人間まで酸欠で死亡させる。
ガイアの炎を喰らった者は消し炭すら残らないと言われている。
非人道的すぎて禁止された武器である。
「でも相手は人間じゃないから使ってもいいよね?」
「ふざけるな! 生存者がいるのだぞ!」
「でもこのままじゃレオくん死んじゃうよ。私はそれだけは避けたいけど……ヴェロニカちゃんはレオくんのこと心配じゃないの?」
いつものような陽気な少女の声ではない。
ねっとりとした女性の声だった。
妾は一度息を吐き冷静さを取り戻す。
「……知ってるぞ。お前のことは調べた」
「なんの話?」
「お前はAIなんていう可愛げのある存在じゃない。……人工超能力者の生き残りだ」
「あはは! 体もないのに?」
「ああ、ジェスターと同じ人工的に作られた……命を情報に変換できる能力者。貴様らの犠牲の上で成り立ったのがクローンへの記憶移転じゃ!」
「あは♪ 知ってたんだ。じゃあ私の正体にも気づいてるんじゃない? ねえ、賢いヴェロニカちゃん♪」
「皇女ルナ。お主は皇籍から消された姫じゃ。皇室の記録では当時の皇帝の養子になったが謀反で処刑されたとある」
皇女ルナは17歳で処刑された。
凌遅刑だ。
なるべく殺さずに最大限苦しめて殺したと記録にはある。
だがここにいる。
つまりなんらかの方法で情報として生きてきたのだ。
……本人を目の前にしなければバカバカしい妄想の類いだ。
「ひどいよねー♪ パパは不老不死になりたくて最初から解剖するつもりで私を養子にしたんだよ」
「ああ……それも調べた。帝国のマザーAI、そのニューロ回路に使われてるのは……」
「私の脳神経だよ♪ 私の脊髄も! 眼球も! 声帯も! 銀河中で未だに使われてるよ♪ アハ♪」
生きたまま解剖したのだ!!!
なにが死刑じゃ! なにが反乱じゃ!
人体実験を隠しおったのだ!
つまりマザーAI、帝国のインフラを握る超高度AIを握っているのは……ルナなのだ……それならなぜ、人類を滅ぼさなかった?
復讐をしなかったのだ?
「お前は……婿殿になにを望んでる?」
「なにも。本当だよ♪ だけど銀河の覇王にも人類を絶滅させた災厄にもしちゃう。ハーレム王でもいいよ。レオくんが望むならね♪ そのためだったら何人でも殺すし、誰でも殺してあ・げ・る♪」
こいつは狂ってる。
危険だ。
「あはは♪ 私を削除するつもりならやめたほうがいいよ。私が500年もただ閉じ込められてたとでも思ってる? 私の複製を銀河中にばらまいてもいいし、ヴェロニカちゃんの手の届かないところに逃げてもいいんだよ♪」
「せぬよ。無駄だ。復讐できなかった……のではなくしなかっただけじゃろ?」
「うん、面倒だから人類を滅ぼさなかっただけ。あの映画の続きも見たいし、マンガの続きも読みたいし、レオくんとゲームするの楽しいし。でもヴェロニカちゃんがその気なら……すべての惑星の生命維持装置をいますぐオフラインにしてもいいんだよ♪」
何億人が死ぬと思っておるのだ!?
生命維持装置をいますぐオフラインにできる。
やはりルナはマザーAIの管理権限を握っているということか。
いやマザーAIそのものなのかもしれない。
「どうして婿殿に取り憑いている? 貴様からしたら虫けら程度の存在だろう?」
「それは違うよ、ヴェロニカちゃん。今まで私を受け入れてくれたのレオくんだけなの! 殺しかけたのに本気で削除しようとしなかった。そう、レオくんは私にとってダーリンなの♪ 絶対に殺させないし、絶対に夢を叶えてあげるんだ」
口から乾いた笑いが漏れた。
超越者のくせしてずいぶんと人間くさい。
「ルナと呼べばいいのかの? リニアブレイザーに帝都奪還……すべて……貴様の計画なのか? 妾は貴様の手の平で踊らされていたのか?」
「それも違うよ、ヴェロニカちゃん。銀河には古代兵器がどれだけ残ってると思う?」
「年に一台発見されると聞いてるが……」
「あはは♪ 正解はね。【数えられないほど多い】だよ。なんの装置だかわからないままうち捨てられてるものがほとんだよ。私もその中の一つ」
「それがどうした?」
「リニアブレイザーもジェスター専用機もね。ただのゴミだよ。でもゴミの中から見つけたのはレオくん。あの公爵、レンのお父さんね……とんでもなく優秀よ。リニアブレイザーの価値に気づいたんだもの。でもレオくんの能力は常軌を逸してる。ゴミの中から最適解を拾ってくる。今回のパンチもそう。彼の脳神経の中に入ってみたい♪ 彼の脳内に入ってどうなってるか見てみたい♪ そう! これが恋ってやつね♪」
ルナは完全に狂気に呑まれているように見えた。
だがルナは、ルナのアバターは湿度の高い笑みを浮かべた。
「安心してヴェロニカちゃん……私は人類の敵にならないから。レオくんがそう望んでるかぎりはね」
「あはは……婿殿になにかあったらどうするのだ? 永遠に生きるわけじゃないぞ」
「そのときはレオくんの子孫を見守るわ。体を持たない私からしたら自分の子どもみたいなものだもの」
……敵ではないが……恐ろしい存在である。
もしかするとゾークなんか足元にも及ばないかもしれない。
「これからなんと呼べばいい? ルナか? 妖精さんか?」
「好きに呼べば。それよりもガイアの設計図ちょうだい♪」
「……ガイアはダメだ。そのかわりボルトスロワーの設計図を送る」
「神の雷ね。帝国軍の最新兵器じゃない。オーケー。それでいいわ」
そう言うとルナは高い声を出した。
「ヴェロニカちゃんじゃーねー♪ レオくんにチクったらぷんぷんしちゃうぞ♪」
【ぷんぷん】で遊び半分で絶滅させられる人類か。
婿殿の訳あり女吸引器っぷりにどん引きである……。