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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

中国歴史

血縁

作者: 吾妻栄子

「サダメの恋」に登場する李笙霖の後日譚です。

https://ncode.syosetu.com/n6093eo/

「あの女はもう新加波シンガポール行の船で飛びました」

「そうか」

 巨体の部下からの報告に頷きながら、男にしては中背よりやや小柄な老大ボスはごくゆったりした所作で私が淹れた鐵觀音てっかんのんの茶碗を取り上げて啜る。

「部屋に残っていたあの若造の方に吐かせたところでは息子ではなく情夫いろだったとのことです」

「そんなことだろうと思ったよ」

 カラカラと乾いた声で笑う。

 長身の部下――といっても十七の私より少なくとも一回りは年上であろう幹部は恐縮した風に尋ねる。

「あの小僧はまだ外におりますが」

 ややあって老大は低く答えた。

「連れて来い」


*****

 若い三下二人に両脇を挟み込まれる格好で引き摺り出された男は散々痛め付けられたのだろう、小さな蒼白い顔の左目の上は腫れ上がり、小さなくちびるの端からは血が紅い筋を引いていた。

 だが、腫れていない右の目はもうここで死ぬ覚悟を決めたのか、ゆったりと椅子に腰掛けた老大と傍らに立つ私を真っ直ぐ見据える気配があった。

強強キョンキョンといったか」

 老大はどこか憐れむ風な、穏やかな声で尋ねた。

 跪かされた男は苦いものを含んだ声で返した。

「あの女の付けた呼び名です」

「だが、お前はその名でわしの甥に成り済まそうとしたのだぞ」

 その言葉を聞くと、こちらを見詰める目に潤んだ光が溢れた。

「仰せの通りです」

 跪かされた膝の上で握り締められた拳が震える。

李笙霖レイ・サンラムの身内になれば、人からも大事にされ、良い暮らしが出来ると思いました」

 沈黙が流れた。

耀仔イウチャイ

 老大は重々しく巨体の幹部に呼び掛けた。

「今後はお前が面倒を見てやれ」

「はい」

 一瞬、虚をつかれた風に返した幹部の男は、しかし、今度は冷たい笑いを浮かべて跪かされた若い男に告げる。

「老大の御温情で命拾いしたな」

 茫然とした表情の若い男に片方の腕を捉えていた三下の一人が声を掛けた。

「今日からお前もこのくみの一員だ」

 私たちを背にする形で巨体の幹部は若い男を見下ろして尋ねた。

「老大に一生を命をかけて尽くすと誓うか」

 若い男は表情の消えた面持ちで、しかし、重い声で応えた。

「はい」


*****

「今度もまた偽物だったか」

 部屋で二人きりになってから老大はポツリと呟いた。

黒色皇帝ダークエンペラーなどと言われたところで、所詮は血を分けた妹一人見つけられない」

 実際のところ、老大の妹なら――七人いた兄弟の内、十歳下の末の妹だそうだが――もうお婆さんだろうし、赤ちゃんの頃に売られてしまった身の上ならとっくに死んでいるのではないかと思うけれど、本人にとっては万に一つの望みを捨てられないのだろう。

「川辺の石ころの中から玉を探し出すようなものだ」

 苦く笑うと、老大はこちらに手招きする。

 私はそっと歩み寄って長袍の膝に腰掛けた――といっても、七十近い膝にこちらの全体重は掛けないように中腰の尻を預ける感じだ。

小靜シウチンや」

 パーマを掛けたばかりの私の後ろ髪を確かめるように撫でる。

「お前も自分の身内を探したいかい?」

日本ヤップンのお父さんとか」

「もう名前も顔も判りません」

 そもそもまだ生きているのかすら。

「私には死んだ母さんよりほかに身内なんてありませんわ」

 今となっては思い出せるのは病床に伏せる母さんとアパートの窓から見送った背広の男の人と白いシャツと半ズボンの男の子の後ろ姿だけだ。 

 人工的に縮らせた後ろ髪を真っ直ぐに戻そうとするかのように暫く撫ぜていた手が止まって優しく耳元で告げる声がした。

「お昼にしようかね」


*****

中環セントラルに日本料理の店が出来たのさ」

 車の後部座席で老大は隣の私の手を上から握りながら囁いた。

「それは楽しみですわ」 

 黒ガラス越しに先程の幹部と三下たちと、そして新たに組織に加わった、「強強」と仮初の名をつけられた若い男が頭を下げる姿が認められた。

 腫れていない右の目は覚悟を決めたような、どこか恨みを秘めた光を宿している。

 何だかこの男は誰も観ていない時に鏡に映る私と似たような眼差しをしていると思う。

 二人が血のつながった実のきょうだいだと知るのは、もう少し先の話。(了)

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