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緑の賢者の話

 昔、十二の王を擁する大きな国があった。


 王たちは慈悲深い天使から与えられた素晴らしい力を持ち、それを民のために惜しみなく使った。

 特に、一番目の金の王の恐ろしさは大陸中が知るところにあり、また、花の巫女姫の慈悲深さは天界にも届くほどだった。


 かの神雷が落ちたばかりで、国土の一部は炭や灰と化していたが、王たちの尽力によって国はおおいに栄え、当時わずかな地域にとどまっていた人間の勢力図を大幅に広げた。その進撃はすさじく、大陸の半分を切り拓くほどだった。



 この王たちのなかに、この世すべての知恵を持つという男がいた。髪が緑色だったので、緑の王と呼ばれていた。


 緑の王の宮殿は、書物にあふれていた。

 国中のものは言うまでもなく、行って帰ってくるのに丸1年はかかると言われる辺鄙な地の書や、さきの神雷によって失われたもの、さらには天界の言葉で書かれたものまでもがあった。

 しかしそれらは全て配下の者に集めさせ、あるいは写させさもので、王自身は何もしなかった。


 緑の王はかたくなに口を閉ざし、その至上の知恵を民に施すことは一切なかった。


 心ない者は口々に緑の王を責めた。役立たずだの、穀潰しだの。挙句の果てに、天使を欺いて王の位に就いたのではと疑う者も出始めた。

 彼以外の王たちはみな、それぞれ人智を越えた力を持っていた。

 何もしないことで有名だった銀の王も、冬をつくりだす力をもって襲い来る魔物をひとつ残らず凍らせたり、水の少ない地域に山ひとつ分の氷を送ることはしていた。


 緑の王は宮殿を民に開放したが、その頃にはほとんどの者が彼を無能、何の力も持たない者と見做していた。


 当時、魔物の勢いが増し、多くの民が命を落としていた。あちこちで「裂け目」が開き、そこから魔物が湧きだした。特に中西部のダブルート、北東のリンデン、カルレヴィーア大樹海と接する南の穀倉地帯には、街のひとつふたつをたやすく飲み込むほどの群れが押し寄せたのだという。

 みな、古臭い書物ではなく、魔物の大群を退けたり、瀕死の傷を瞬く間に治すような奇跡の力を求めていた。


 銀の王が行方をくらますと、民はその絶望と怒りの矛先を緑の王に向けた。多くの者が人目をはばからずに緑の王の悪口を言い、彼の妻までも貶め、宮殿に火を放つ者まで現れた。



 緑の王はついに冠を捨てた。

 民は彼を臆病者とあざ笑ったが、配下たちはみな付き従った。宮殿にあった書物はすべて運び出され、ささやかな見送りのなか一行は国を去った。


 大国を見限った緑の王は西方へ行き、大国の庇護を拒んでいたところへ新たに国を作った。草木の生い茂る豊かな土地で、これらの草で染めた織物は他に類を見ない美しい若草色だった。

 書物はすべて新たな宮殿へと運び込まれ、同じように開放された。


 この地の民は書の価値をよく理解し、よく使った。また、王の配下たちは書を長く後世に残す術を編み出し、これをすべて民に伝え教えた。

 民はさらに多くの書物を集め、読み解き、また自らの知恵を書にまとめた。



 緑の王が離れたあと、間を置かずに花の巫女姫が世を去った。

 王を次々と失った大国はしだいに廃れ、やがて全ての王が死んだ頃には、ただ古いだけの一国が残るのみだった。かつての大国の民は偉大な王たちが再び世に生まれることを願い、ひたすらにその時を待ったが、それが叶えられる前に一度滅びた。

 今も国は残ってはいるが、現在の王家は政変後に祭り上げられた傍流である。


 一方、緑の王が世を去ったあとも書物は残り、国の礎となった。

 かくしてこの国は知恵の国と呼ばれるに至り、ついには、かの大国でも成し遂げられなかった偉業──すなわち、魔物の巣窟、カルレヴィーア大樹海の一部を切り崩し領土とすることに成功した。

 脈々と受け継がれ蓄積された知恵の結晶、大獣壁(だいじゅうへき)は国の至るところに築かれ、今もなお魔物の猛攻を凌いでいる。もちろん、現在も作られる過程においても、誰の犠牲も出してはいない。


 ここに、偉大なる王の言葉を記す。


 人よ、大地の自ずから隆起するを願うことなかれ。

 自らの足で立ち、その腕で土を積み上げ、得た知恵を隣人に伝えよ。

イルガリア帝国建国譚より。後雷歴534年、建国500年を祝して編纂。

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