知らず館
夏ホラー投稿作品となります。
ボクの町には「知らず館」って呼ばれてる家があるんだ。
今年で小学5年になったボクは鈴原尊。
いつも通りの学校からの帰り道の途中でネコを見つけたんだ。
人懐っこいネコで、撫でてあげると嬉しそうにしてたんだけど、しばらくしたらどこかへ歩いていっちゃった。
モフモフの毛で大きめなネコちゃんは日本のネコじゃなくて外国のネコなのかな、どこかのおうちで飼われてるネコっぽかったから、おうちに帰っていくのかなーって、思ったんだけど、なんとなく、ついていくことにした。
それで、しばらくしたらネコちゃんはここらへんでは「知らず館」って呼ばれてる、大きなお屋敷に入っていったんだ。
「知らず館」はとっても大きな西洋風なお屋敷で、でももう誰も住んでなくて、窓は割れてるし、庭は草や木が生え放題。壁にはツタが一面にびっしりと這ってる不気味な家なんだよね。
こんな大きなお屋敷なのに、大人の人たちもここに誰が住んでたのか、誰も知らないらしくて、いつの間にか「知らず館」って呼ばれるようになったみたい。
かろうじて表の門のとこにある表札が削れて汚れてるんだけど、「二階堂」って書いてあるように読めるくらいしかわかんないんだよね。
「あー、ネコちゃんはここで暮らしてるのかな、どうしよ」
ボクたちは親や先生から、危ないから近寄ったり、中に入らないようにって言われてるんだよね。
一度、クラスメートに誘われて、肝試しに来たんだけど、扉に鍵がかかってて入れなかったし、窓とか割れてるから、そこから入れそうだけど、中を覗いたら昼間なのに真っ暗で、みんなびびって入らずに帰ったんだよね。
「仕方ない、帰ろ」
一人呟いたボクは、そのまま帰ろうとしたんだけど、庭を歩いてたのか玄関前の方に戻ってきたネコが見えて、あっネコちゃんって立ち止まっちゃった。
ネコちゃんがニャアってないたら、玄関の扉が開いて中からキレイなお姉さんが出てきたんだ。
~
お姉さんはとってもキレイでかわいくて、高校生くらいにみえるんだけど、白いワンピース姿で長い髪の毛を黄色いリボンでしばってる。
ネコちゃんを抱き上げたお姉さんはボクの方を見ると少し悲しそうな顔をした。
「リアンが連れてきてしまったの」
ネコちゃんを撫でながら、少し叱るような口調でお姉さんは言ったんだけど、ネコちゃんは撫でられて嬉しそう。
「ごめんなさい、可愛いお客さん。よかったら、すこし寄っていって」
ボクはお姉さんが妖精みたいにキレイでビックリしてたんだけど、話しかけられて、それでおかしなことに気付いたんだ。
誰も住んでないはずの家にいるお姉さんに驚いてたボクはやっと気付いたんだ。ぼろぼろだったはずの知らず館がピカピカになってるのに。
ツタだらけで汚れていた壁はツタがなくなって、真っ白に。
割れてぼろぼろのカーテンが風になびいていた窓は、割れてないピカピカのガラスにかわって、カーテンもとっても高そうなキレイなものに。
草も木も伸び放題だった庭は、雑草が芝になっていて、花壇に花が咲いてた。
ボクはこわくなって、はやく逃げようと思ったんだけど、足がすくんで動けなくなっちゃった。
どうしよう、はやく逃げなきゃ、そう思ってお姉さんを見たら、ボクのほうを見たお姉さんはやっぱり、悲しそうな顔をしたんだ。
「前に見たときも思ったけれど、シゲちゃんによく似てるね。ごめんなさいね、せっかく来てしまったから、どうしてもすこし話したくて」
お姉さんの顔があんまりにも悲しそうで、だからボクは。
「あんまり遅くなったらママに叱られるから、すこしならいいよ」
そういったんだ。
「ありがとう」
嬉しそうに微笑んだお姉さんに抱かれて、リアンって呼ばれたネコちゃんがウナーってないてた。
~
「本当にシゲちゃんによく似てるわ」
「シゲちゃんって? 」
知らず館に入ったボクは、とっても広い部屋に案内されて、お姉さんが淹れてくれた紅茶と、出してくれたクッキーを眺めながら、そんな質問をした。
「本名は重蔵さんだったわね、鈴原重蔵さん、知ってるでしょ」
確かに知ってるけど。
「お爺ちゃん」
「そう、あなたのお爺ちゃんね、私は二階堂歩っていうの、可愛いお客さん、お名前を教えてくれるかな」
シゲゾウじいちゃんは3年前に死んじゃったんだ。なんで、知ってるんだろうって、思ったけど、なんか怖くてきけなかった。
「尊っていうんだ。鈴原尊」
「タケルくんね、さぁ、紅茶もクッキーも遠慮なく食べて」
お姉さんはお化けかもしれないけど、とっても優しくて、それにとってもキレイで。
ボクはなんか怖くなくなってきて、かわりにとってもドキドキしてきたんだ。
クッキーもとってもおいしくて、頭を撫でてくれるお姉さんとずっと一緒にいたいなーなんて思ったんだけど。
「タケル、タケルはね、本当はこっちに来ちゃダメなの。さっきはリアンのせいにしたけれど、あの仔は賢い仔だから、私の心を汲んでしまったのね。だから、本当は私のせい」
「……お姉さん」
「タケル、ママとパパのところに戻るのよ。それでね、もし、今日のことを覚えていて、いつかずっと先に天国でお爺ちゃんに会う日が来たら、『あゆみはあなたのことを一度も恨んだことはありません』って伝えてくれる」
「……うん、わかった」
そうして、ボクは知らず館から家に帰ったんだ。
~
そんなことがあって、ボクはたまに知らず館にいく。
知らず館はぼろぼろのままで、お姉さんもリアンも見当たらない。
あれは夢だったのかな。なんて思いながら、それでも『恨んだことはありません』って言葉が気になって仕方なかったんだ。
「ねぇ、ママ」
「どうしたの、尊」
夏休みで家にいたボクは、洗濯ものを干してるママになんとなくきいてみることにしたんだ。
「二階堂あゆみさんって知ってる」
ちょっとキョトンとしたママは、そのあと顔色が悪くなって、ボクの両肩を掴んで早口できいてきた。
「誰からきいたの、お兄ちゃん、パパは知らないはずよ。それとも、お爺ちゃんにきいたの」
「ママ、痛いよ。それに声がおっきくてうるさい」
「あっ、……ごめんね。お兄ちゃんもお爺ちゃんも話すわけないわよね。なら、ホントに誰に」
「この前ね、帰りにネコちゃん見つけて、あとをつけてたら、知らず館についたんだ。そこでね、白いワンピースのキレイなお姉さんがいて、『二階堂あゆみ』って、そういってたんだよ」
ママはボクの話をきくと、ふるえはじめて、どうすればとぶつぶつ繰り返しだしたんだ。
「お寺、神社……いえ、教会? お祓いなんて、効果あるの。そもそも幽霊なの、そんなはず」
ママはパニックになったみたいで頭をかきむしってはあれこれと呟いてから、なんとかしなくちゃってボクのほうを見たんだ。
「ママ、大丈夫だよ。もう、お姉さんには会えないんだ、あれから一度も知らず館でお姉さんを見てないよ」
「本当に、本当なのね」
「うん、あとね、お姉さんが、ボクがずっとさきに天国にいってお爺ちゃんにあったら、『あゆみは一度もお爺ちゃんを恨んだことないよ』って伝えてって言ってた。お姉さんもお化けなら、自分で伝えられないんかな」
いろんなことが気になってるけど、なんとなく、今、おもった疑問が出てきて話したんだけど、ママはハッとした顔で、ボクに。
「本当に、本当に『恨んだことはない』って」
「うん、そう言ってた」
「そう、……お父さん、良かったね……お父さん」
そしたら、ママが泣き出したんだ。
「ママっ、どうしたの、ママ」
「ダイジョブよ。ママのお兄ちゃんはわかるわよね」
「まさしおじちゃんのこと」
「そう」
まさしおじちゃんはママの八つ年上のお兄ちゃんでボクのおじちゃん。とってもかっこよくて、ボクや妹の加奈にオモチャを買ってくれたり、お年玉もいっぱいくれて、ママやパパに「あんまり、甘やかさないで」って、ボクも加奈も大好きなおじちゃんなんだけど。
「おじちゃん、お金持ちでかっこいいのに、なんで、まだ結婚してないんだろ」
「どうしてかしらね。……尊にはまだわからないし、はやいと思うけど、尊、知らず館のこと、お爺ちゃんのこと、歩さんのこと。知りたい」
「うん、知りたいっ!! 」
「そう、……わかった」
それからママは、ママがお爺ちゃんと二階堂あゆみさんのあいだにあったことと、知らず館について話してくれた。
わからないこともいっぱいあったけど、話してくれたんだ。
~
あれは、私が今の尊と同じくらいの時だったの。
たまたまね、尊のお爺ちゃん、私にとってはお父さんね。お父さんがお兄ちゃんに話しかけてるのを見たの。
二人とも私に気づいてなかったみたいなんだけど、お父さんがお兄ちゃんに「お前ももう成人になる。話さなきゃならんことがあるから、あとで儂の部屋に来なさい」って言われててね。
ママねー、お兄ちゃんだけ、お父さんから内緒の話を聞かして貰えるなんて、なんかズルいって、バカなこと考えちゃったの。
だから、お父さん、尊にとってはお爺ちゃんね。お父さんの部屋に、お父さんが戻る前に忍び込んで、押し入れの中に隠れたの。
もう、ドキドキしたわ。盗み聞きなんてしようとしてるし、昔はね、お父さんは結構怖かったんだよ、尊には優しいだけのお爺ちゃんだったけどね。
お兄ちゃんなんてね、悪さしてはしょっちゅう怒鳴られてた。
ん、ママ。
ママは怒鳴られたことないな。ママには甘かったのかな、昔から。
お父さんが部屋に戻ってきて、お兄ちゃんも来て、話がはじまったの。
ママね、なんで盗み聞きなんてしたんだろうって、すぐに後悔したわ。
~
まだかなーって思ってたら、お兄ちゃんの声がしてね。
「入るぞ、親父」
って、お爺ちゃんがね。
「あぁ、入れ」
って、言って、あーやっとだーなんて思ってたの。
そこからね、お爺ちゃんがお兄ちゃんに話したのはあの知らず館についてだったの。
~
「親父、話さなきゃならんことって、なんだ」
お兄ちゃんはそんな風にお父さんに問い掛けて、私も、いよいよ秘密の話が聞けるーなんて息を殺してた。
しばらく黙っていたらしいお父さんの声が聞こえてきて、そこからお父さんの長い話がはじまった。
「話さなきゃならんと言ったがな。実のところ、お前が知る必要はない話だ。ただ、昌司も来年には成人だ。この話は今まで誰にもできんかったが、儂の謝罪を聞いて欲しくてな」
いつも堂々としてるお父さんが弱々しく語り出して、姿は見えないけれど、肩を落として項垂れているような姿が見える気がするようだった。
お兄ちゃんがどうしたんだよ、本当に、なんて慰めて。お父さんは続きを話し出したの。
「旧二階堂邸と言ってもわからんよな。町の西側にある廃墟となった洋館だ。うちにも近いからわかるだろう」
「知らず館のことか」
「あー、古いもんは語りたがらんからな。昔は村だったここも、統廃合で町になり、新しいもんも増えた。「知らず」の「館」か、うまいこと言ったもんだな」
「知らず館がどうかしたのか」
「あそこはな。儂が子供のころ、二階堂家の資産家の家族が流れてきてお屋敷を建てたんじゃ。歴史ある家柄の分家筋で、奥方の療養のために田舎に居を移したって話だった」
「そんな訳でな。旦那様は家をあけることが多く、体調のすぐれない奥方様もあまり表には出てこられんかったが、地元のもんを家政婦やら、庭師やら、調理師やらと雇われてな」
「へー、あの屋敷は金持ちの別荘みたいなもんだったんだな」
「そうだな。……奥方のほかにもう一人、一人娘の歩さまがいたんじゃ、儂と歳が近くてな。家が近いことや、当時の統廃合されたばかりのこの町では儂のうちは顔役だったこともあってな。お友達としてお付き合いするように親達から頼まれたんじゃ」
「歩さまは優しくて、かわいらしい方じゃったが、儂にもよくしてくださった。年頃の男どもはみんな歩さまのことを好いとったし、といって女連中に嫌われる人でもなかった。本当に良い方じゃったんだ」
「だからな、ちょうど数えで18の頃に歩さまから『一緒に逃げて欲しい』と言われた時は驚いた」
「なんで、そんなこと言われたんだ」
「旦那様はめったに帰って来ない。奥方様も体調が悪く臥せることが多い。そんな中で、家政を仕切る執事の目を盗んで、出入りしてる庭師や調理師の男が歩さまを手込めにしとったそうだ」
「なっ」
「ひどい話じゃろ。旦那様に相談すれば、体を病んだ母が心まで病んでしまうと、でももう耐えられんのじゃと、儂は頷いて逃げる約束をしたんじゃが……」
「一緒に逃げたのか」
「約束した場所に儂は怖くなって行けなかったんじゃ、若い二人、それも一人はお嬢様だ、これからの生活が不安でな。旦那様へと報告し、奥方様に知られんように処理するんが最善だと、儂の親父を通して処理しようと、……そんな言い訳で儂は約束を破ったんじゃ」
「歩さまは一人でも家を出ようとしたようだったが、連れ戻されてしもうた。儂が余計なことをしたばかりにな。数日後に、歩さまは部屋の中で自殺してしもうた」
「……自殺」
「あぁ、ひどい目にあったうえに儂にも裏切られたんじゃ、追い詰められてしまったんじゃろう。旦那様は娘を辱しめたもんを裁こうとお調べになったが、証拠もなければ、歩さまじたいが死んでしまわれては訴えようがなくてな」
「だが、一月もしないうちに出入りしてたもんの中で若い男が三人、死んだんじゃ。一人は調理師だった男でな、調理中に熱した油の鍋が転げて全身に浴びて焼け死んだ。一人は庭師だった男で、別の現場で木を伐り倒してる最中に重機と伐った木の下敷きになってな四肢が潰れて死んだ。もう一人は掃除なんかに入ってた男だったが、川で魚でも釣ってたのか、上流の大雨で増水したのを知らんで流されてな。見つかった時には死んどった」
「町のもんは娘の祟りじゃ言うて、旦那様はそれで溜飲を下げたのか、奥方様の体によくないと、屋敷はそのままに別のところへと引っ越されてな」
「それから、儂は次は儂の番じゃと思って、それも仕方ないと、はやく迎えが来いと思っとったが、ついぞこんままに数年たってな。親に言われて母さんと見合い結婚して、お前が生まれて、真歩も生まれた」
「真歩が育つうちに、だいぶ薄れとった当時の怒りや不甲斐ない思いが強くなってな。こんな話を聞かせてすまんかった。ただ、最近やっと、思うようになった、優しかった歩さまが祟るなんてあり得ん。あれは天罰じゃったんだろう。ならば、儂は許してもらえたんじゃろうかってな。まぁ、天国にいけたら、謝るしかないんじゃろうな」
「親父……」
~
でね、ママね。
隠れて聞いてたのに、よく意味はわかんなかったのに、なんか怖くなって泣いちゃったの。
お兄ちゃんとお父さんに見つかって、お兄ちゃんには叱られたし、お父さんには謝られたしで大変だったわ。
~
ママに聞いた話はボクにはよくわからなかったけど、昔、あゆみお姉さんはひどい目にあって、お爺ちゃんと逃げようとしたけど、出来なくて死んじゃったんだってのはわかった。
お爺ちゃんも悪かったわけじゃないよね。
たしかに約束はやぶったけどさ。だから、お姉さんは『恨んだことはない』って言ったのかな。
ママには、もう知らず館に近づかないでって言われたんだ。お姉さんのことは悪く思ってないけれど、ボクがいなくなるような気がして怖いからって。
ボクはママと約束したんだけど。
でも、たまに約束を破って知らず館に行ったんだ。
でも、あゆみお姉さんにもリアンにも会えなかった。
時たま、リアンのなく声が聞こえた気がしたんだ。
~
あれから、8年がたった。
あの日、母さんが話した内容を理解できるようになるにつれて、ボクは複雑な思いを抱くようになった。
お爺ちゃんは仕方ないと思う。
慕いあっていても、身分差で想いを告げたことのない二人で、いきなり一緒に逃げてくれと言われて、義憤にかられて一時は了承しても、あとのことを考えて無責任に一緒に逃げられなかったんだと思う。
それでも、あゆみさんに寄り添ってあげられなかったことがお爺ちゃんの後悔なんだろう。
当時のことをお爺ちゃん世代が語りたがらないのは当たり前だし。若い世代に新しい居住者が増えた今、これからもあの屋敷は知らず館のままだ。
ボクは知らず館の前にいた。
玄関の前に立つと足元にじゃれるネコがあらわれる。
「久しぶりだね、リアン」
今日は会わせてくれるらしい。気紛れなリアンは『賢い』らしい。ボクの心を見てるんだろう。
ドアノブに手をかけると景色が一変する。
蔦だらけだった壁は白亜の美しい壁に変わり。
鬱蒼とした庭は、管理された姿に変わり。
咲き誇るカーネーションの中でリアンは蝶を追っている。
ドアノブを回した。
リアンが一声なくと、扉が開いて、彼女がそこにいた。
「もう、来てはダメと言わなかったかしら」
悲しそうに言うあなたに。
ここに縛られて天国にいけないあなたに。
「二人でいっしょにお爺ちゃんに伝えにいきましょう。天国まで」
ボクはそういって目を閉じた。
「なんで、こっちに来てしまったの」
そう嘆いた君は、次に目を開いたボクを怒るんだろうか。
それでもいい。
リアンが受け入れてくれたなら、ボクは永遠に君に寄り添おう。
君が天国に行ける、その日まで。
感想お待ちしてますщ(´Д`щ)カモ-ン