第2話 ゴブリン退治
「いってぇ! リナ!もう少し優しくやってくれよ!」
「少しは我慢しなさい!男でしょ!」
灰色狼にやられた足に、リナが布を巻いてくれているが、痛くてかなわない。
「お前も女なんだから、もう少し女らしくしろ!」
「はぁ!?冒険者に女らしくしろなんて馬鹿なの?
てかまずレイが野生の狼になんかにやられたのがいけないんだから、大人しくしてよ」
俺だって油断していなければ、魔物でもない狼に怪我させられるはずがない。
リナが頭が痛いとか言ってるから、そっちに気を取られてしまったのだ。
だけどそれを言ったら、リナのことを心配しているみたいでなんかいやだ。
「し、仕方ないだろ!野生の狼なめんな!」
リナは短く切り揃えられた髪を揺らし、呆れたように言った。
「はぁ……、まぁいいけどね。そんなんだから、17になっても女の子がよってこないのよ」
俺は勝ち誇ったように笑いながら、
「女がよってこないんじゃない。俺が女によらないだけだ」
と名言を残す。
まぁ、嘘だが。
というより、実際は女の子はよって来ている。顔も悪くないし、冒険者としても若くして成功を収めている俺は、割とモテるのだ。
それでも女の子と関係を持たないのには、大きな理由がある。
「そんなこと言ってモテないだけでしょ」
リナはさっきよりも呆れた顔でこっちを見ていた。その時だった。
「いたいっ!」
リナは咄嗟に頭を押さえて、苦しそうにする。
「おい!大丈夫か!」
俺が声をかけると、苦悶の表情をしながら顔をあげてゆっくりと頷く。
「絶対にやらなきゃいけないクエストでもないし、帰ってもいいんだぞ」
「……ううん。大丈夫。ゴブリンの討伐なんかを失敗するわけにはいかないでしょ。
それに、 レイはすぐ怪我するんだから、治癒士の私の力が必要でしょ」
「でもリナ……、お前の治療の腕……別に良くないじゃん……」
リナは治療魔法が使えるため、治癒士を名乗っている。
魔法を使える人間が少ない中、治療魔法を使えるだけでもすごいことなのだが、その治療の効果が微妙なのだ。
かすり傷を治せる程度、他の治癒士を名乗る人間と比べるとその効果は良いとは言えない。
だけど、治癒士って可愛いとかなんだか言ってリナは治癒士であることにこだわっている。
弓と矢を担ぐ治癒士がどこにいるってんだ。
「うるさい!確かに今は弓の方が得意だけど、いつかは立派な治癒士になるんだから!……痛い!」
リナはまた頭痛がするのか、頭を抱えた。
「本当に大丈夫か?最近痛みを感じる頻度がどんどん狭まってる気がするんだけど」
「うっ……。だ、大丈夫……」
リナは笑顔をつくって手を振りながら、
「このままじゃ日が暮れちゃうし、さっさとゴブリンやっちゃお!」
と言い、目的地であるゴブリンの巣窟へと足をすすめた。
〜〜〜
「ここがゴブリンの巣窟ね。結構大きいじゃん」
リナの視線の先にあるのは、人が3人並んでも余裕で歩けるほどの広さの洞窟だ。
冒険者ギルドの受付嬢の話では、この洞窟の中にゴブリンが5匹ほどで生活しているらしい。
ゴブリンはEランク冒険者でも、一対一であれば苦労せず狩れる魔物だ。Cランクパーティーである俺とリナであれば、簡単に制圧できるだろう。
洞窟の中の音を注意深く聞いてみるが、物音は一切しない。しかし、ゴブリン特有の独特な匂いがすることから、洞窟がゴブリンの巣であることは間違いなさそうだった。ゴブリンは夜行性のため、きっと今は寝ているのだろう。
「確かにでかいな。前情報ではゴブリンは5匹ってなってたけど、もしかしたらもう少し居てもおかしくないぞ」
巣の大きさとゴブリンの量は比例するという。目の前の洞窟は、入り口だけでも割と大きく、ギルドに入った情報以上のゴブリンがいるかもしれない。
俺は油断のないよう今一度気を引き締めて、松明に火をつけてゆっくりと洞窟に入った。
洞窟の中は見た目より長く、奥にいくにつれて少しづつ広くなっていた。入り口から少し歩いているが、未だゴブリンの気配は感じられない。ゴブリンの匂いはするのだが、音が一切しないのだ。
「全然見つからないね。いないことはないと思うんだけど……」
リナが小声で呟く。
「そうだな。ゴブリンの刺激臭はするから、ゴブリンの巣で間違いないとは思うんだけど。出ていったばかりなのか?」
気が緩みそうになるのを抑え、警戒を解かずに前に進んでいく。
洞窟の道は別れていないから、急に後ろから襲われるなんてことはないだろう。だが、魔物の巣の中には何度も背後を確認してしまうような不気味さがある。どんな魔物でもそうだ。理解できない生物への恐怖はずっと感じる。
それから数メートル歩いていると、洞窟の突き当たりまで来てしまった。突き当たりは洞窟内で最も広く、小さな松明の光では、全体を見ることはできない。
周りを見渡すと、ゴブリンの生活跡は見られるのだが、結局ゴブリンとは接敵することがなかった。
「まだ日も沈んでいないけど、外に出て行ったのか?」
ゴブリンは基本夜行性のため、昼に巣から出ることは滅多にない。
夜が更けて辺りが暗くなった時に、闇に紛れ夜目の効くゴブリンたちは動き出す。
そのため、明るい時間に巣にゴブリンがいないことは不思議なことであった。
「あ、まって!血の跡がある!」
リナがそう言って指したところには、少量の青い血溜まりができていた。
「ゴブリンの血で間違いないな……。だけど争った形跡もないし、一体どこに行ったんだ?」
ゴブリンの青い血が残っているが、洞窟内は荒れていないし、戦った後には見えない。
今日のところは戻ろうと声をかけるため、リナに顔を向けると、リナが頭を押さえて苦しそうにしていた。
「うっ……。いたいっ……」
俺は急いでリナのもとに駆け寄った。
「リナ!大丈夫か!?また頭痛か?顔色も悪いし、今日は帰ろう」
「う…うん……」
リナはそういって頷いたが、頭を押さえたままうずくまってしまう。
このままではゴブリンがもし帰ってきたら危ない。
俺が動けないリナをおぶって帰ることを決めた。その時、上からネバっとした液体が肩にかかった。
人って処理しきれない恐怖を感じると、本当に体が動かなくなるんだなと感じる瞬間だった。
瞼が瞬きをすることを忘れ、芯から寒気が身体中を走る。
息を大きく吐いてから、鼻と口の両方から息を吸う。
息をまた深く吸いながら、凝り固まった首をゼンマイ仕掛けのようにゆっくりと動かし、液体が落ちてきた洞窟の天井を向いた。
そこには、松明の赤い光をデラデラと照り返す黄色い大きな目があった。
ハッと息を吸うと同時に、体が反射的に動き出す。
「リナ!オオトカゲだ!!」
うずくまるリナを蹴り飛ばし、自分もその勢いで横に飛ぶ。
キメグライランディス、通称オオトカゲは黄色の目を持つトカゲ型の魔物だ。巨大な体であること以外に大きな特徴はないが、獲物が油断した隙を狙って、丸呑みすることもある凶暴な魔物である。あと一瞬でも判断が遅れていたら、きっと俺もリナも丸呑みされていたことだろう。
「くっそ……!!ゴブリンはこいつに食われてたのか!!」
松明を床に落とし、素早く剣を抜く。
ジリジリとリナのもとに寄り、リナを背にオオトカゲに剣を構えた。
Bランクモンスターであるオオトカゲに対して、動けないリナを庇いながら戦わなければならない。さらに、洞窟内に床に落ちた松明の光だけが頼りという、暗い中でも問題なく動けるオオトカゲに圧倒的アドバンテージもある。
せめて、光だけは欲しい…!
「リナ!!光魔法だけでいい!動いてくれ!」
オオトカゲと睨み合いながら、リナに呼びかける。
しかし、いくら経っても返答がない。さっき強く蹴りすぎてしまったのか。
オオトカゲが出口を塞ぐように移動し始めたのをみて警戒しながらも、リナの方に目を向けた。
「リ……リナ……?」
リナは体を起こしていたが、目を大きく見開き、口から血を垂らし半開きにしたまま呆けていた。
その目は俺すらも、オオトカゲすらも見ていないように見える。
今まで見たことないリナの心底驚いたかのような表情に、俺は少し恐怖を感じてしまった。