友情
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「事務連絡は以上になります。あと佐渡くんは放課後職員室に来てください。お話があります」
担任の小池先生からの話が終わり、一限目の準備時間に入る。
そしてオレはなぜか呼び出しを食らった。
「ねぇねぇ、知ってる?佐渡くんと涼さんって…」
「えぇ!そうなの!?」
今朝の件はクラスで話題になっていた。まぁこうなるとは思っていたが、いい気分ではないな。それに、このクラスは一学年の中で一番賑やかに騒いでいたらしく、周りのクラスの生徒が様子見するほどだったのだ。当然オレの噂は他クラスにまで広がっているだろう。
本当にまずいことをしてしまった
騒ぎに目を付けた教師たちも、オレの事情を聞いた後、口を揃えて「青春」という聞き慣れない単語を発して去っていった。
チラッと涼の席の方に目を移すと、友達(さっきの視線の人たち)に囲まれながら…尋問されているようだ。
オレのせいで大変な目に遭っているな…
「おい、陸人…噂で聞いたんだが…」
「影山か。その噂は嘘だ。涼とは通学路がたまたま同じのただの友達だ」
「その口ぶりからすると、色んな人から聞かれたんだな……」
影山は始業時間ギリギリに来たため、事情はよく知らなかったようだ。
そしてこの噂を吹聴した元凶は怜央。
当の本人はオレに裏切られた、などとほざいて、机の上にうつ伏せて泣きわめいている。
まったく…いい迷惑だ
「陸人さん。少しよろしいかしら?」
「あのな、その噂は………ん?」
雑に返事を返そうとするも、見てみると十数人の女子の集団を連れ、女王のような風格がある、リーダーと思わしき女子生徒に話しかけられていた。
そしてその取り巻きには平常を取り戻した涼の姿もあった。
影山はこの場の女子たちの圧力に屈したのか、オレに軽く謝罪し、武士のもとへ向かっていった。
賑わったクラスが一瞬にして静寂に包まれ、みんながオレたちを見守る中、大多数の女子とオレ一人が対峙する。
「大人数連れてきて、オレに何の用だ?」
リーダー女子はこちらを見下すかのように不敵な笑みを浮かべている。
「私がこのクラスの学級委員長を務めます。あなたには負けませんわ!」
ふふんっと、したり顔をし、こちらに意味不明な宣戦布告をしてきたこいつは宮田奈々《みやたなな》だ。
昨日の帰りに涼から聞いた話だが、宮田は小学生の頃から六年連続学級委員長かつ児童会会長、中学でも三年連続学級委員長。
その上、生徒会会長まで務めてきた偉業をもつ生徒だ。
尚且つ両親は有名な大企業を経営しており、本物のお嬢様らしく、女子からは羨望の眼差しを向けられている。カールがかった茶髪にゴージャスな赤と金の髪飾り。見た目も態度もイメージ通りのお嬢様であり、男子からは高嶺の花のような存在で近づこうとするだけでも憚れる…らしい。
「なぜオレにそれを言う?学級委員長になるつもりはないんだが…」
「私は見ていましたわよ!昨日の放課後、あなたが生徒会室から出ていく姿を!
すれ違い様に会った書記の今泉先輩から聞きましたが、あなたは生徒会に入会しにきたのだと!」
どうやら宮田はクラスで取り巻きを作っている間に抜け駆けで、オレが生徒会に入会しようとしたことに負け目を感じているらしい。
そんなことはどうでもいいが、甲高くて大きい声を出さないでもらいたい。耳が痛くなる。
「確かにそれはそうだが、学級委員長とは関係ないだろ?」
「関係なくありませんわ!どちらも生徒のお手本とならなければならない役職です!選出方法は違いますが本質的には同じですわ!」
なるほどな、正論だ。反論しようと思えば反論できるが、これ以上変に目立っては困る。
「確かにそうだな。おっと、チャイムが鳴ったぞ。席に戻らないといけないんじゃないか?」
ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴ってくれたため、やっとこいつと離れることができて清々する。
「あなたに言われるまでもありませんわ!皆さん、付き合わせてしまい申し訳ございません…」
取り巻きには、律儀な姿勢を見せるのか…全く関係ないことだが、部下を導く人間として必要な素養はありそうだ。
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一、二限目は委員会や教科担当決めをすることになっているため、宮田が授業前にオレに宣戦布告してきた理由も分かる。
ちなみに委員会は大きく分けて二つに分かれる。
クラスの学級委員長、副委員長、会計、書記で構成される学級代表委員会。
二つ目は体育委員会、保健委員会などの通常委員会。
教科担当とは、国語、数学などの教科を担当する教師のお手伝い役だ。
それらを小池先生がスクリーンに役職や仕事内容を映し出し、順当に説明していく。
「説明は以上になります!質問ある人はいますか?」
オレは一つ不明な点があったため、挙手し、のそっと立ち上がる。
「学級代表委員として、学級委員長や副委員長の役割は理解できたのですが、その他会計と書記の役割について触れられなかったのはなぜでしょうか?」
恐らくみんなも疑問に思ったであろう。
宮田も手を挙げ、同じ質問をしようとしていたのか、こちらに鋭い目線を送ってくる。
「ごめんなさいね、忘れていました!会計と書記は今年から仕事量が減って、どちらも学級委員長と副委員長の補佐をする役割になったの。
その内、学級費の計算は会計が。学級代表委員会の会議で議事録をとるのが書記なの。去年までは、会計は他にも文化祭などの行事運営にかかる費用の計算もする仕事があって、書記も部費の報告書作成や今日の三、四時限目に行われるオリエンテーションの計画書作成のお手伝いをしたりすることもあったのよ」
昨日生徒会室に行ったとき、彼らの多忙さを窺い知れたが、その分の仕事が生徒会に回されたのかもしれないな。
それに今年から制度が変わったということは、去年就任した円谷校長とは深い関係がありそうだ。
「ありがとうございます」
小池先生に礼を言ってから着席する。
「他に質問ある人いませんか?」
「はい!」
元気な声で起立し、大きく挙手した生徒は……怜央だ。
「小池先生!あのぉ〜保健委員会の先輩や保険室の先生はどんな人たちでしょうか!詳しくお聞かせ願います!」
いつになく真剣な顔つきで、下心満載の発言をしでかす。
男子からは、笑い声が上がるが、女子からは汚物を見るかのような目で見られている。質問を受けた先生は、どうリアクションしていいか困り果てているな。可哀想に。
「…山田君。高校生としての自覚を持って言動には十分に気をつけなさい」
「……はい」
「お前馬鹿すぎだろっ!あはは!」
「うっせぇ!お前たちに今の俺の気持ちがわかるはずねぇーよ!」
「ははは!そりゃあ分からないわ!」
しょぼくれた様子で着席し、何故かこちらを睨んでくる。
あいつ…まだオレが涼と付き合ってると勘違いしてるのか?
あちこちで噂されるのも困るし、後で厳しく注意しておくことにしよう。
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「これから委員会や教科担当を決めていきます!では、まず学級委員長から決めていき…」
「はい!!」
ちょうど真ん中の席から早押しクイズでもしてるかのような早さで大きく返事をし、挙手した者は言うまでもなく、宮田奈々だ。
思わぬ出来事に、この場の全員の目が点になっている。
この状況下では他に立候補するものはいなく、これで学級委員長は確定してしまった。
「やりましたわぁ!みなさんこれから一年間よろしくお願い致します!」
そう言ってオレに勝ち誇った顔を向けてくるが、軽く無視し、別の生徒を注視した。
___あんたもそうか。
宮田の行動はとても能率的であり、人脈も広いためこのクラスのリーダーに適している。実際、宮田は学級委員長や生徒会役員になるという目標があった。その目標を実現させるためには多くの取り巻きを連れ、信頼や人脈を得る必要がある。絶対条件といっても差し支えない。その上、上官的存在である教師に対し、積極性をアピール。
そして相手に考える時間を取らせないように、先生の発言の途中で大きな返事をし、挙手した。恥を捨て、大胆かつ颯爽に獲物を奪い取るチーターのような。なかなかできない行動力だ。宮田がもしここまで考えていて、なお行動に移しているとなると『こちら側』としてはありがたいし、希少価値がある。仮に宮田が男で力もあれば軍人としての出世は早い方だろうな。
長々と分析しつつも『彼女』もオレと同じこと考えていたのではないかと憶測を立てる。宮田の大胆な行動にみんな驚いたり、笑ったりしていたのにも関わらず、
……『彼女』は一度たりとも宮田を見向きしなかった。
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二時限目が終わると同時に、各委員会や教科担当が決まった。結果、オレは一番倍率が高かった学級代表委員の会計を見事勝ち取り、教科担当係では数学を担当することになった。
本当は楽な家庭科をとりたかったが、ジャンケンで負けた以上どうすることもできなかった。会計を選んだ理由は他の委員会より仕事量が少ないということもあるが、学年別や全学年学級代表委員会の会議で生徒会や教師、校長とも関わることができるからだ。
だいぶ良かれの方向に進むことができ、一先ず安心して三時限目の準備時間に入る。
「同じ学級代表委員として、よろしくお願いいたしますわ!陸人さん!」
「…あぁ、よろしく。学級委員長になれて良かったな…あと、涼と弓もよろしく」
「よろしくね!陸人くん!」
「佐渡くん、よろしくー!」
意外なことに涼は学級副委員長に立候補し、弓は書道でつちかった達筆さや誰にでも親身に対応してくれる、との理由で宮田の推薦あって書記に就任することになった。これで学級代表委員は、オレ以外宮田の取り巻きで構成されることになってしまったわけだが…
席を離れ、影山、武士、怜央のグループへ行くと、怜央がオレと一対一で話し合いたいと言って、教室から少し離れた人気のない廊下まで移動する。
物凄い形相でこちらを睨みつけてくる。
「認めてやるよ!陸人、お前はモテる…なんせイケメンだからよぉ。羨ましい限りだ。学級代表委員だってお前以外全員女子じゃねぇか!なんで、なんでお前は……!」
泣きながらこちらにゆっくり接近し、両手でオレの胸倉を掴んでくる。
全く、こいつは…
怜央は中学の頃、仲の良い男友達みんなが、女子と付き合い、怜央だけが仲間外れにされ、見下されたということを経験したらしい。
女子といい雰囲気になっている男友達が見るに堪えないのだろう。
そのことがきっかけでオレは、こいつから憎まれるようになってしまったわけだが。お互い不運とはいえ、こんな関係のまま一緒に高校生活を送りたくないと、怜央も心の奥ではそう思っているはずだ。
「怜央」
「なんだよ!」
「お前はモテるために何かに一生懸命になったことはあるのか?そんな弱音を吐いているようじゃ、まともな努力をしてこなかったんだろうな」
モテたいといういわば承認欲求は、人間味のないオレでも理解はできる。
オレが昔から問い続けてきた自分の『存在意義』に通じるものであり、限りなく近いものだろう。実際その『存在意義』を見出す過程で何度も死にたいと思ったり、自分という存在が気に食わないと思った時は幾知れず。
エルシィと別れ、弱音を吐きたい時に吐けない辛さは想像を絶するほど苦しかった。だからオレはこの場で好き勝手弱音を吐き、それでも近くに仲間がいる怜央に対して羨ましいと感じている反面、苛立ちを覚えているのかもしれない。
「俺のことを…なに知った風なこと聞いてやがる!俺は特に勉強もスポーツも得意じゃなかったが、頑張って、頑張って…この高校に入ったんだ!」
胸倉を掴んだ手に力が込められているのが分かる。
「努力したさ!みんなに認められたい……モテたい!全員から慕われたい!そう願って…ここまできたのに。また…同じ辛い経験を繰り返すのかよっ」
怜央は類稀なコミュニケーション能力の高さで、初対面の相手でもすぐに打ち解けられるし、仲良くなれる。
それに自分の都合より、他人を優先して行動するような根の良いやつだ。
それ故に大事にしてた人たちから、仲間はずれにされる苦しみは人一倍強いし、自分の悩みを一人で抱え込みやすいタイプだ。
そんな怜央から憎まれているオレは怜央の手助けをしなければならない。
今のこいつは苦しいことから全力で逃げ切るように自身の弱さを笑いに変えて苦しい気持ちを昇華させている。
ならその自分の弱さを、持ち前の笑いに変える技術を保ったまま克服していけばいい。現実逃避している本人はこのことを一番よくわかっているはずだ。
「聞いてくれ。怜央…オレも…」
「うるせぇよ。そうやって自分の過去をひけらかして、俺と同様な経験をしてきたとかほざくんだろ!?何度も何度も……そう言ってきたやつは山ほどいた!
最後には内心『怜央のやつもこれで機嫌取り戻した』とか思ってどんどん俺から遠ざかっていくんだよ。それが辛いんだよ…優しい態度で距離をとられると
本当に……っく…辛いんだよ」
悲痛な思いが彼の目からあふれ出していき、充血した眼を向けられる。ここまで自身の過去を話してくれたんだ。こちらもそれ相応に応えなればならない。
「オレはお前の気持ちはよく分からないし、同情する気は更々ない。それは当然だ。お前のとばっちりを受けて、オレも涼も迷惑した。ましてやお前から謝罪の言葉一つもらっていない。今のお前は弱者だ」
語気を強めたオレの発言で、怜央は心を砕かれると同時に一気に体の力が抜け落ちる。
「よく聞け、怜央。お前は他人を大事にする余り、自分を捨てがちだ。その上友達から見放される。どれもこれも自分の行いが元凶でもあり、優しさの裏をつくクズな友達を作ってしまっただけだ。今のままいけば自分で自分を不幸にするだけだ。今ここで決めろ。無駄な優しさを捨てて『力』に変える努力をしろ。そのためにオレたちがいるし、手助けだってしてやる。とことんオレらを利用しろ」
柄にもないことを言ってしまったな。
深い闇のどん底に落ちた人間は、独力で必死に足掻いて登っていく猛者と自分の力じゃどうにもならないと悟り、救いの手を差し伸べてくれるまで待つ弱者が大半だ。昔のオレは弱者でどうしようもないクズ人間だった。無論今でもそうだがな。
「お前カッコよし男か。おい怜央!陸人の言う通りだぜ。お前がモテるようオレたちも協力すっからよぉ。元気出せ!絶テェお前のこと裏切ったりしないからよ!それに俺だって彼女なんていねぇし、告って失敗したことだってある」
「まだ学校始まって二日目だ!まだまだ先があるんだ。頑張っていこうぜ」
さっきからいることは気づいていた。
怜央のことが心配になってついてきたんだろう。武士が鼻の下を人差し指でこすりながらそう言い、続けて影山からの励ましの言葉をもらう。
二人だけではなく、驚くことに怜央の周りには続々と二組男子が集まりだし、怜央が自分の足で立ち上がるのを待っている。
「頑張れ!怜央」
「しょうもないことで悩んでねぇで前に進め!」
「ガチ泣きすんなよ…男だろ!」
オレらが入学して二日目にも関わらず結束できているのは、お前がいてくれたからだ。オレが影山と武士とまともに会話できているのも、スムーズに話を振ってみんなを退屈させないようにしてくれるのも、怜央のおかげだ。
入学式が始まる前の待機時間に二組のみんなと話して、よく笑わせたり、女子と男子の交流の場を作っていたところもオレは見ていた。
怜央はこのクラスにとって必要不可欠の存在だ。
_____バシン! バシンッ!
怜央の背中をみんなが平手打ちで叩きまくる。最初「何をしているんだ?」と思ったが、すぐに理解した。
これは決して暴力ではない。
己の弱さと向き合う覚悟とけじめをつけさせるために傍観者であるオレたちができるサポートだ。
ドン底にいて救いの手がなくとも、ほかの奴らの励ましの声が届いていれば、己を鼓舞してのし上がっていく強者だっている。
「…ぐすっ、お前らっ!散々叩きまくって!めちゃくちゃいてぇじゃねぇか…だけどよぉ……ありがとな!」
どうやら、吹っ切れたようだな
涙や鼻水を大量に流し、ブサイクな笑顔をしているが、自身の過去と弱さに向き合う覚悟を決めた怜央の顔は、オレたちにはとても輝いて見えていた。
これが男泣きというものか。
フラフラになりながらも、ゆっくりと立ち上がり、オレの元へ再度近づき、手を出してくる。
「…悪い陸人っ、迷惑かけて!……てかお前結構、情に熱いとこあるのな。見直したぜ!」
「オレはただ弱音を吐いているお前が嫌いなだけで、見ていられなかっただけだ」
そう言って怜央と強く握手を交わす。
「よーし!お前ら!これから一年よろしくな!勝手に彼女作ったりしたら許さねぇかんな!」
「バカかよ!おまえ!あははは!!」
感化された二組男子で円陣が作られ、さらにオレたちの友好が深まった。
いつの間にかオレたちの周囲には、他のクラスの男子たちも集まっていて、怜央に同情する者もいたり、励ましの言葉を送るやつもいた。
自分の弱さを早くから気づき、本気で直したいと思うやつは少なく、多くの人たちは後から早い時期に改善しておくべきだったと後悔する。
怜央のは単純すぎる悩みだったが、まぁこの年頃の人間には複雑に感じるんだろう。だがそれは成長に必要なプロセスであり、怜央の人生に磨きがかかったといっても過言ではない