番外編 2 「人類 滅亡」④
私は駅まで歩いて電車に乗った。ちょうど通勤や通学で混雑する時間帯だったので同じ服を着た人が多かった。ほとんどが制服やスーツだ。
その中だと私は場違いな服装である。大した都市でもないこの街で、どこの都会かぶれかという余所行きの服装。夜のお店で酒を注いでいてもおかしくはないものだった。
同じ車両に乗る人間で隣に知り合いがいる者は、思い思いの会話をしていた。当然、皆私がこれから何をするのかなんて知る由もなく、朝のニュースの話だとか眠いだの帰りたいだの。
自分と同世代の女子高生らしい集団はやたら目に付いた。友人と楽しそうに笑いながら窓の景色を見ている。同じ国の同じ地域に同じ頃に生まれたのに全く違う世界を生きている人間。
私も少し違えば、今あんな風に笑っていたのかもしれない。
こうすると決めていたけれど、一応自分の幸せについても黒いパソコンに聞いてみた日があった。どうすればこの状況から人生逆転できるのか。それも黒いパソコンは教えてくれた。
まず、どこどこへ何時何分に行ってこういう人に助けを求めてください。それから今度はああいう人にこんなことをして食べ物や寝る場所を恵んでもらってください。他人に無償の愛を提供できる人はいる。その人の所で体と心を休めたら……そんな内容の文を読んでいった私はめんどくさいという感想を持った。
難しい言葉や行動も含まれていた検索結果。私は金とやる気を理由に高校をやめたけれど、そもそも勉強が得意ではなかった。運動神経も良いほうではない。理解できなかったし、できる気もしなかった……。
数時間、電車を乗り換えつつ予定通り移動を終えると、私はのどかな自然の多い所へ降り立った。駅から見渡す景色がほぼ緑。東北地方の某所にある良い具合の山岳地帯である。
自転車もないし、車もバイクもない。そもそも免許を持っていない。私は歩いて目的地を目指した。黒いパソコンの検索結果の画像と地図アプリを頼りに、ひたすら歩く。ただ歩く。
歩くことだけに集中していないとその場で倒れてしまいそうだから――。
「あなたが1人で人類を滅亡させる方法は、あなたが人類を滅亡させられるほどの感染症の最初の感染者になることです。その為には2日後、ある場所で水溜まりの水を飲み、ある虫を飲み込む必要があります。まず、準備としてこれからは主に牛乳とコーラでお腹を満たしてください。蓋を開け、常温で6時間以上放置したものが好ましいです。お酒も前日であれば助けになります。食べ物は食べるのであれば、スナック菓子やファストフード、それから……」
人類滅亡についての検索はこのようなものだった。私は指示をできる限り実行した。
誰が見ても不健康になり、免疫力を下げる為の指示であった。その指示は大体守ればいいらしくて、とにかく重要なのはこれから行く場所で指定された水と虫を見つけることであるということだった。
私は人里を離れて深い山の中へ足を踏み込む。途中、草陰でしゃがみ嘔吐した。そうしながらも逐一スマホで現在地を確認しながら進んだ。
頭の悪い私にも分かるようにか、黒いパソコンは目印も教えてくれていた。この場に来ると、それが凄く分かりやすくて、私は迷わずここが目的地であろうという場所まで来ることができた。
森のちょっとした広めのスペースに深めの水たまりがある。酷く濁っていて、油のようなものも浮き出ていた。まるで一味唐辛子のように謎の赤い粒も漂っている。特徴的に、明らかに目的地だ。
私は膝をついて野良犬のように水たまりの水を飲んだ。何ml飲めと書かれていたが、それがどのくらいか分からなかったので、なるべく多く。今までにない味をしているが、もうどうしても喉を通らないというところまで。
吐き気を催したけど我慢した。さっき吐いておいて良かった。
こんな水が無くても、汚く悪臭がする森の中。虫も全く見たことないやつがいて、アフリカのほうの危険な森にでも来たみたいだった。さっきまではそうでもなかったので、この辺の狭い範囲だけ特殊なのかもしれない。
体内に取り込めと言われた虫もそこからすぐに見つかる。周辺で最も背の低い木の幹。それも黒いパソコンから聞いていたことだったので、白っぽいマダニのような生物はいとも簡単に捕まえられた。
もう躊躇できるような段階ではなかったので摘まむとすぐに口へ入れた。体内に取り込む、つまり噛まずに飲む。味などは無いので水よりは楽だった。
混ぜたら危険を自分の胃の中で混ぜ合わせる。効果はものの数分で実感できた。腹から沸騰するように熱が生まれて、体中が燃えるように熱くなった。
火傷しているんじゃないかと錯覚する。それと同じように指先をじっととどめておけなくて、両手をすり合わせていないと落ち着かない。
さっきまで疲労していたのに逆に体が軽くなった。目が冴えて、全身の血管が浮き出ていくのが見なくても分かる。
ああ、これだ。成功だ。きっとこれが私の望んだ力だ。
私は走り出した。来た道を戻って、誰か別の人間の近くに行くため。
もうほとんど考える力は残っていなかった。ここ数日の強い意志だけが私を動かしている。
アスファルトの道まで戻ってくる頃には、私の手を流れる血管は肌の上からでも分かるくらい黒色に汚染されていた。
今度は手足の感覚が火傷のような痛みから、全くの無に変わった。もう長くは持たないと自分でも分かる。けれど、私は同じ道を歩く人間を遠くから見つけた。
一心不乱。見つけてすぐ、肉眼でギリギリ捉えられるほどの距離から、私の眼は相手の首を狙っていた。
追い付けば、倒れ込むように抱きつき、首筋に噛みつく。
確かに死のバトンを繋いだ私は、さらになるべく人の多い場所を目指して這って行った。
その間、もう他の部位は全く感覚が無くなったのに、どうしても上がってしまう頬の感覚だけは強く残っていた。




