Last word 「さようなら」②
思いがけない反応だった――。
何でもう1度検索が――。そんな考え事をする暇もなく、すぐに画面は切り替わる。
「さようなら。」
いつもより大きいフォントサイズで、画面中央に表示された文字。黒いパソコンから挨拶の返事をもらって、僕の思考は固まった。
何が起こっているのか分からなくて、恐怖に似た感情も覚える。
しかし、そうこうしているうちに黒いパソコンに表示されていた文字は消えた――。
待てば、何か続きがあるという気がした。「さようなら」だけでなく、まだ何か黒いパソコンが言うと思った。
けれど10秒ほど待ってみても、またワードボックスだけの画面を映しているだけだった。
……………………。
これは一体どういうことだ、何故今黒いパソコンは僕と会話してくれたんだ。他に異変が無いか確かめるように黒いパソコンを触ってみる……くぁwせdrftgyふじこlpと入力するようにキーボードをなぞる……。
そんな時、脳と連動するように指がピクリと動いた。
まさか――2つだけでも無限に検索ができるのか――。
黒いパソコン1で検索した後に黒いパソコン2で検索すると……1で上限となった検索回数がリセットされてまた使える……まさかまさかそういうこと……。
「さようなら」
僕はもう1度ワードボックスへ入力して、Enterキーを押してみた。
予想通りならもう何も起こらない。けれど、また黒いパソコンの画面は切り替わった。
「へ?」
「検索回数がリセットされてもう1度検索できた訳ではありません。最後なのでおまけをしてみただけです。驚きましたか。2回目ですが、さようなら……それともまだ何か話したいことがありますか?」
僕は何度か目をぱちくりとさせた。拍子抜けだった。
読み終わってから数秒後にまたワードボックスが表示されたので、キーボードを叩き始める――。
「さようなら でいいよね?」
「はい。良いと思います。」
「今まで ありがとう」
「こちらこそお世話になりました。ご利用ありがとうございました。」
チャットのようなやり取りは余所余所しくて、こんなに連続で黒いパソコンからレスポンスがあることは初めてだった。
でも、僕はこのやり取りが初めてな気がしなかった。
「送るのは ここからでいい?」
「どこからでも構いません」
「じゃあ 電源ボタン押すね」
「はい。どうぞ。」
何でも検索できるパソコン。使用者の意思を汲みとって望む答えを完璧に表示する。使用者のことを1番に考えているみたいで、優しくて、でもなぜかたまに意地悪で……だけど、憎めない感じ……。
結局こいつは一体何だったんだろうか――。以前辿り着いた、宇宙を守る為に宇宙すらも高みから見下ろすような存在に作られたもの、みたいな答えで正解だったのだろうか――。
僕は残った黒いパソコンの電源ボタンにも手を伸ばした――。
手放さなきゃいけないと思う。もう1度折原と過ごした日々のような幸せを手にする為に、いつか折原に胸を張って会える男になる為に、僕は手放さなきゃ……。
前にお隣さんと話して宇宙戦争を止めなければならなくなった時も思ったっけ、僕が持っていちゃいけない、依存しているって……。
あるいはあの件がなければ、今も手放そうという考えには至っていないかもしれない。
でもあの時の気持ちとは随分違っている、前向きな気持ちだ。自然と頬が上がってしまうほど、清々しい。失うのに、手に入れようとしているかのようである。
僕は優しくて面白い人の所へとイメージしながら、電源ボタンを押した――。
僕は黒いパソコンで色々なことを知って、きっと成長してきたけど、今この瞬間が一番成長できた……そんな気がする。
強烈なパンチを食らっても1発じゃ効かなかったが、2発目を食らって……なんとかここまで辿り着いた。
僕は34秒の時が過ぎるのを待った。今度は目を閉じずに画面を見続けて。
もう2度と会うことは無いだろう。でも、もしもこの先……何年後か何十年後か、僕がどうしようもなく困ることがあったら助けに来てくれたり……来てくれなかったりしてほしい……。
本当にどうしようもない時だけでいいから、1日だけ。
共に過ごした日々に思いを馳せながら、心の中でいくつか言葉を掛けながら、時間が過ぎること30秒ほど。
このまま黒いパソコン2みたいに元からそこに無かったかのように消えて、僕も笑顔のまま綺麗に別れられそうな時だった。
黒いパソコンの画面が切り替わる――。
「あなたが出した答えは、半分だけ正解です」
一瞬の出来事だったけど、短い文だったので読むことはできた。
最後の最後にそんな言葉を残して、黒いパソコンは僕の視界から――消えた――――。
僕は指先に何も感じなくなっても、しばらく同じ態勢のまま動くことができなかった――――。
「――あのアイドルのスキャンダル見た?」
「ああ、見たよ。あれやばいよね」
「整形に過去のパパ活、今はIT企業の社長と愛人関係ってところまで一気にバレてたね」
「やっぱ芸能界って汚れてんのかな」
週明けの教室、聞こえてくる会話は僕にとって前から知っていたことだった。週刊誌に暴露されるよりも前から……。
アイドルのことだけじゃない……。
視界に入るクラスメイトの男子や女子から、今頃は職員室にいる先生までもの、本人しか知らないはずの秘密を、僕はいくらか知っている……。
男子はち〇この長さまで……。
僕は知っているけど……皆は知らない……。皆が知らずに生きている……この世界って一体何なんだろう……。
「どうしたの?」
「え、いや何でもない」
「何さっきの顔。笑いそうな泣きそうな微妙な顔でぼーっとしてたけど」
僕は弁当を机に置いた親友に笑われると、顔を元に戻して、箸の蓋を開ける。
けれど、またすぐに教室を目で1周してみた。
いつからか知ったはずでいた宇宙が――地球が――別のものに見えていた。でも今は、その別のものに見えていた世界が、さらに別のものみたいで――。
広くなった世界を僕1人で歩いていくことを考えると鳥肌が立つ。武者震いと言いたいけど、不安と緊張だ。
でもそれを乗り越えていけばいつかきっと宇宙のことでも、未来のことでも……黒いパソコンの全てだって分かるときがくる。
そう、僕なら――。
「あ、弁当の蓋開けるの待って。おかず当てていい?」
「は?何で?」
「えっと、豚肉の生姜焼きと卵焼きと漬物にトマト。ご飯の上には……」
「いや、全然違うけど……」
「よっしゃ!」
蓋が開けられた親友の弁当のおかずが、僕の予想と全く違っていたことを、僕は喜んだ。




