word60 「黒いパソコン なるべく優しい人へ送付」②
これが最後の検索になる……よな……。
うん、検索できるなら……もう黒いパソコンを使うことは無い……。
さすがに僕は一旦腕を止めた。でも検索できるかどうか半信半疑の気持ちもあったから、止まり切ることは無かった。
もしかしたら2つの黒いパソコンを使っても、1人の人間が1日2回の検索はできないかもしれない。可能性は充分にあるから、Enterキーへ指を伸ばした。
けれど画面は切り替わって、すぐにEnterキーを押したことを一瞬だけ後悔した。
でも大丈夫、目は逸らさなかった。
検索中のグルグルを見ながら、履歴の消去とかも同時に行われるのか、送られた相手側にはどのように届くのか、その辺りも教えてほしいという願望を頭の中に維持し続けた――。
「その作業もすごく簡単です。このパソコンを誰かの元へ送るには、送りたい相手をイメージしながら電源ボタンを押し、押したまま34秒間待ちます。誰でもいいから優しい人へ送りたい場合は、その通りに頭の中で唱えながら電源ボタンを押してください。そうすると瞬時に、どこかの優しい誰かが最初に発見する場所へ、このパソコンが転送されます。ここで注意点、セットになっていたマウスも一緒に送りたければ、ちゃんと一緒に送るイメージをしてください。ちなみに、履歴は自動で消去され、このパソコンをどこかへ送る作業はパソコンを使用していた人以外もできます。」
僕は画面が切り替わって文字が出るところを見るとまず、自分の仮説が正しかったことに頬を緩ませた。やっぱり黒いパソコンが2つになれば、2回検索できる。
この方法ならいつか無限に――。
よだれが出そうになったので口元を手で押さえながら、表示された文を読む。何も難しいことは無く、小学生でも読解できて、パソコンでの作業を邪魔する猫でもできそうな方法だった。
黒いマウスの件は正直失念していたというか、そういえばショッピング検索で取り寄せてなかったけど、このノリならどこかからひょっこり出てくると思っていた。
そして、文の最後ではまた黒いパソコンに関する情報を得られた。
別れの悲しさも感じる、最後の仕上げの最中――。そんな時でも僕は検索をする時は何もかも忘れて、誰も知り得ない情報を楽しんだ。
思えばいつもそうだった。黒いパソコンはこれまで一体何度僕に、この気持ちを与えてくれたのだろう――。
この部屋の、この机の上から送るのでいいかだけ迷った。見晴らしのいい山の上とか、相応しい場所でやったほうが華やかに別れられる気がする。
時期的にもう少し待てば、桜が散る駅のホームでとか定番の別れ場所ができるし、1回そういうドラマみたいな別れ方をしてみたい。
けれど、黒いパソコンを2つも持って外に出る危険性を理由に、ここ以外しかないという考えに至る。
手首を回して僕はまず、新しく作ったほうの黒いパソコン2の電源ボタンだけを押した。検索結果の通りにイメージしながら――。
確かに電源ボタンを押すと、僕は目を閉じる。
34秒という秒数を数えたりはしなかった。だから、凄く長く感じた。網戸から入ってくる春風を受けながら、感覚的には34秒経っても軽いボタンは指先に存在し続けて……。
何か間違えているかもと思って目を開けると、その数秒後に黒いパソコン2は視界から消えた。
指が机の上に落ちる。レースのカーテンはずっとこちらになびいていた。風すら残さず黒いパソコン2は消え去った。




