word59 「黒いパソコン 作り方」①
記念式典の日から1週間とちょっとの時間が過ぎた――。
春休みに入る前の最後の週末、土曜日である今日僕は…….
黒いパソコンを手放す前の、最後の仕上げに取り掛かろうしていた――。
桜の開花時期のニュースなんてのが聞こえてくる季節、脱いだカーディガンがかけてある椅子に座り、僕は黒いパソコンと向き合っていた。黒いマウスも隣に置いてある。
今日も1日1回の検索を使用しようとしていて、検索ワードもかなり前から決まっていた。なのに僕はEnterキーを押すのに時間がかかっていた。
――年明けに僕は「黒いパソコン 材料」と検索していた。
そんなワードを検索した理由を説明するなら、時をさらに遡り、黒いパソコンを手にして2日目のことから話さなければならない。僕はあの夜「検索 無限」と検索して「100日後に分かります。」という答えを得ていたんだ。
それから100日と少しの時間が過ぎた日に、黒いパソコンを増やすことができれば無限に検索できるという答えに辿り着いて……そして、今度は「黒いパソコン 材料」と検索した。
作ることができれば増やせるという理屈である。ショッピング検索を使ってそんな物がこの世に存在するのかどうか確かめた。
結果はというと……存在した。
黒いパソコンを使えば大抵はそうであるが、これまたあっけなく。文字を入力してEnterキーを押すだけでその存在が確認できた。
画像と共に画面に表示された黒いパソコンを構成する外部のパーツと内部のパーツ、それらの値段は2つ合わせても100ポイントだった。僕が今までショッピング検索を使って見た商品の中では、高い方なんだけど安い。
99999ポイントとかゲームのやり込み要素みたいな値段でもおかしくないくらいの物なのに、割と現実的に買えるお手ごろな値段。
そして、記憶を消す装置なんて取り寄せた分を差し引いてもちょうど数日前に100ポイント貯まった僕は、既に2日かけて黒いパソコンのパーツを入手していた。
今は段ボールに入って机の横に置いてある……。
僕は段ボールを持ち上げて、それも黒いパソコンの横に置いた。黒いパソコンを解体した物が入っているので当たり前だけど、重さは黒いパソコンと同じくらいで、一般的な同サイズのノートパソコンよりも少し軽いくらいだ。
中を開けると、個別にビニールに入った部品1と部品2を取り出す。
驚くことに黒いパソコンを構成するパーツはたった2つだけだった。黒いパソコンの形をしていて裏側が開く外部パーツと……もう1つは内部パーツであるらしい謎の物体X。
これに呼び名を付けるならとりあえずそうとしか言えない。ただ黒い何かの塊にしか見えない。サイズはちょうど板チョコくらいで、本当にただただ黒い……黒いパソコンよりも真っ黒な物体だ。
またこうして取り出してみても、それ以外には何の情報も得られない。
ただ持っていると不安な気持ちになる。光を全く反射しないから、世界の一部に穴が空いてしまったようにも見えるし、おそらくはここに何もかもの答えが入っていると思うと……。
一応固定する用のネジもあるけど、何らかの回路や配線は一切ない。まあ、何度も僕を驚かせてきた黒いパソコンだから、中を開けたら謎の板チョコみたいなのが入ってるだけでしたのほうが、逆に得体が知れなさすぎて納得がいく気持ちもある。
どんだけ複雑そうな機械でも全ての答えが詰まっているなんて考えられないから、このくらいふざけているほうが逆に笑ってスルーできるのだ。
「これを組み立てれば終わりか……」
僕は目の前の機械に語りかけるように言った。
僕の想像が正しければあれがああなって、もう今日にでも別れの時はくる。
たぶん検索しなくたって、その気になれば作れそうなくらい簡単な組み立て。10分もかからないかもしれない。それで本当にお別れ……。
僕にとって黒いパソコンは話し相手や相談相手でもあった。超高性能なAIが搭載されていることは疑いようもないし、ただ明日から何でも検索できないようになるだけじゃない。
心を許した相棒との別れ――。
そう感じるから、僕はもう少しEnterキーを押したくない気持ちがあった。




