word58 「夢 叶え方」㉕
「好き」だと言われてしまった。確かに聞いた、聞き間違いなんかじゃない。
僕の中だけにあると思っていた物が、不意に撃ち込まれて体内を目まぐるしく駆け回る――。
「……え?い、今から?……このまま?」
「うん。いいでしょ。たぶん何も言われないし」
しゃんとして受け答えしなきゃいけないのに、口がパニックを起こしているみたいで上手く動かない。
そのせいでさらに頭がオーバーヒートしてしまって……。
「はい、行きま……しょうか」
僕はなんか敬語になった――。
「――ぷはーっ。めっちゃ気持ちいいね。最高だ」
ホールの外へ出るなり折原が言った。確かに澄んだ空気だった。
「うん。今日は良い天気で、空気がおいしい……」
「え?何言ってんの?」
「へ?……いやだって折原さんが空気の話をしたんじゃ……」
「私はさっきのライブが最高だったねって意味で言ったの。それ以外なくない?」
「えっと……つまりなんだ……うん、凄い歌だった……よね」
「ちょっと落ち着いて。なんか変だよ」
「ごめんちょっと落ち着かせて。俺なんか変だわ。頭がおかしくなってる」
僕は折原から少し離れて、人生で1番くらいの全力深呼吸をした。大きく素早く数回繰り返し、頭では落ち着け落ち着けと唱える。
人間……いや、僕って告白されるとこんな感じになるのか。
「あはは。大丈夫?」
「うん、なんとか。だってさ……折原さんがその、好きなんて言うから」
胸の中の言葉をどもらずストレートに話せるくらいは回復した。けれど「好き」という単語を言うときは、また鼓動が跳ねた。
「そうだね」
「あれって……本気だったの?」
「歩きながら話そうよ。どの店行く?」
「うーん、俺と折原さんなら……やっぱりラーメン屋か中華屋みたいなとこかな。打ち上げならもうちょっと良さげな店か、カラオケでも……」
「いや、私ラーメンがいい。前行った激辛のとこね」
「え、激辛。でもまあいいや今は……どこでも」
僕たちは市民ホールからビルが並ぶ通りへ向かって歩き出した。
「それでその……さっきの話は?」
「私が君のこと好きだって言ったのが本気かどうかって話?」
「うん」
「本気だよ。言っちゃダメだった?」
「いや、全然そういう話じゃなくて――」
「だってさ、君も私のこと好きだって言おうとしたでしょ?ステージ立つ前に廊下でさ」
「ええ…………何で、それを……」
「君も私のこと好きでしょ?」
「……えっと………うん、そうだね」
「ね。一旦この話禁止。店に着いてからにしよ」
横断歩道の向こう側は人通りが多かった。だから、折原がこの話をやめようと言ったことはすぐに理解できた。
真剣な話をする雰囲気だから僕もごまかさずに認めてしまったけれど、自分でも今何を言っているのかよく分からなかった。




