word58 「夢 叶え方」㉓
彼女がより高く飛べるように――何も思い残すことが無いように――僕も全力を尽くさなきゃ――。
また目線をギターに戻した僕は唇を噛んで、一心不乱にギターを弾いた。
泣き叫びたい気持ちだった。どこか人がいない自然のど真ん中で、思いっきり山や海にあたり散らかしたい。
でも良い気分だった。
ああもう本当にどこまでも行ってしまえ、僕の気持ちも攫って、きっと君なら行けるから、僕の手がどうしたって届かないくらい遠くへ。心からそう思えた。
「人生なんてこんなもんね――――これっぽっちも怖くない――――何もかも勝ち取った――――ああ人生なんてこんなもんね――――私の感覚が全て――――大事な物は奪えないからあれもこれも欲しいならくれてやるわっ私、もうどこまでも突き抜けるからーー」
――気づけば終わっていたと感じるほどあっという間に終わったラスサビ。折原の声が途切れるタイミングを見計らって僕も、最後に強く腕を振り下ろした。
息をしていなかったみたいで、呼吸が荒くなる。手が痺れる感じは歌が終わっても無くならなくて、なんならさらに強くなった。
けれど、顔を上げるとそんなことを忘れてしまうくらいの景色があった。
ちゃんと僕のギターの演奏が終わるのまで待ってくれていた観客たちが一斉に拍手を始めた。前列の者が立ち上がったから、自分もステージを見続けたいと立ち上がっていく、自然と起こるスタンディングオベーション。
巻き起こる音は折原の歌声にも負けないほど激しく大きい。
1年生も2年生も男子も女子も先生も、どこにいるかは見つけられない僕の友達や知り合いもたぶん――立ち上がって興奮している。
演奏中、ラスサビから観客の声が雑音になって、折原の歌声も途切れ途切れに聞こえた。なのに指に触れる弦の感触は気持ち悪いくらい鮮明になって、僕は練習でもできたことが無い最高のパフォーマンスができた。
そのくらいに集中していた――。帰ってきた僕を待っていたのは煌びやかで圧巻で――。
御満悦な客席を見ていると、僕の心も満ち足りていった。全ての感情をギターの音に乗せて吐き出したことで、空になった心へ津波のように流れ込む。
やり切った――出し切った――。もう喜びと達成感しかない。
今、僕はこれだけたくさんの人を幸せにした。そしてこの先も僕の力で夢への特急切符を手に入れた折原がもっともっとたくさんの人を幸せな気持ちにするだろう。その人の人生を彩っていくだろう。
もう、これ以上無い……これ以上無い……。
折原の様子が気になって、はっとしたみたいに横を見る。
彼女はやっぱり笑っていた――。目を細くして、一切の曇りなく、眩しいくらいに――。僕が惚れるきっかけになったあの天真爛漫な笑顔だった――。
これだけの歌を披露したのだから、折原がまたこうして笑っているのは当然――だけど、折原を見た僕は戸惑った――。
目が合っているのだ――。
折原は客席のほうじゃなくて僕の方をじっと見ていた――。体の向きもこちらにして真っ直ぐに――。
え、どうして僕を――。
そして、彼女は何かを口にした。マイクに乗せていないから拍手の音に搔き消されたけど、僕に向けて口を動かして……何かを言った。




