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word58 「夢 叶え方」⑳

「……ごめんごめん」


「ちょうど今呼びに行こうとしてたんだけど、すぐ見つかった」


 完全に抑えられた……抑えることができたと思っていたのにどうして……。


「あの……なんか迷っちゃってさ」


「もう舞台袖で待機しといてってさっき実行委員の子に言われたから行こう、はいギター」


「ありがと……」


 折原からギターを受け取るときに手が微かに触れた。また好きが大きくなる――――。



 今でも好きではあった。間違いなく。


 折原と付き合えなくなるのが嫌という問題の手っ取り早い解決法は「折原を好きじゃなくなってしまえばいい」だと思ったから、何度か挑戦した。


 でも恋の沼は実際の沼と同じく、堕ちるより抜け出る方が難しいらしくて、もがけどもがけど好きの気持ちを振り払うことはできなかった。


 だから抑えるという手法にした。好きであるということを認めて最小限に留め、付き合う未来はないということや折原は僕が好きじゃないという絶望で蓋をした。


 今朝も苦しいほどではなかったし、愛が裏返って憎しみにもなりかけていた。それなのにこうして真っ直ぐに彼女と目が合うとまた好きが増幅して、溢れてくる。


 もうすぐ最後の仕上げが始まって、終わればもう会うことすら無くなるかもしれないからなのか。


 それで良かったはずなのに、今しか話すチャンスは無いかもしれないから、僕の本当の気持ちが強く訴えてくるのだろうか。


「すー……はー……すー……すー…はー……」


「…………」


 僕と折原は舞台袖に向かって廊下を歩いた。白い色の飾りっ気のない廊下だった。


 最中に折原は発声練習だろうか、珍しい呼吸法をしていた。いつもより背筋を伸ばしていて、見なくても真剣な表情をしていることが分かる。


 僕はそんな折原の後ろ頭をずっと見ていた。そこしか見れなかった。


 言いたい、今すぐ。好きだって――。


 いきなりでも、声をかけてからでもいいから、言いたい。


 言いたい言いたい言いたい言いたい言いたい言いたい言いたい言いたい言いたい言いたい。好きだって言いたい。


 僕は歩きながらずっと思った――。他のことは何もかも忘れて――。


 そして曲がり角に差し掛かった時、折原がこちらを振り返ったので、僕は思わず口を開いた。


「あのさ――」


「え」


 折原は短く声を出して、立ち止まった。僕が立ち止まったからだ。


「いや、その……」


 しかし、自分でも何を言い出すつもりなのか分かってなかった僕は言葉に詰まった。


 どうしよう、言うぞ、言っていいよな――。


「あ、軽音部の方。たぶん、あと5分もかからないくらいで終わるので急いでください」


「はーい」


 そんな時現れたのは記念式典の実行委員だった。生徒会長も務めている眼鏡の女子が角から顔を出した。そうこうしている内に時間が経って舞台袖まで辿り着いてしまったのだ。


「すみません。遅くなっちゃいました」


 折原が生徒会長と走り出したので、僕も小走りで後を追った。


 舞台袖には思ったよりも人がいた。学校ですれ違ったことがある実行委員や先生を合わせて、6人。僕たちを見るとすぐに次の出演者だと分かったみたいで、舞台に上がる階段の所まで道を開けた。


 眩しく感じるステージでは演劇部の人たちが良く通る大きな声で演技していた。舞台袖からでも伝わってくるこれから立つステージの緊張感。そのせいでというか……おかげで、僕は冷静さを取り戻した。


「さっき何言おうとしたの?」


「ああ、何でもない。頑張ろうって……」


「ふーん……」


 薄暗がりで折原の隣に立って、彼女の顔を見る。何度も夢に出てきたし、彼女の友達がSNSに上げていた画像をスマホに保存しているからもはや見慣れたいつもの顔だった。


 花にたとえるならスズランだろうか……草原にいると遠くからじゃ目立たないけど、近くでよく見ると本当に綺麗な形をしている。純粋そうで幼さも感じるけど、芯の強さを感じる目。急に変なたとえをしてみたけど、しっくりきた。


 そしてやはり、見ていると胸が苦しくなる――。


 間違いなく、まだ物凄く好きだ。抑えられていると言い聞かせていただけで、全然だ。


 でも、そんなこと言えない。さっきは勢いで言ってしまいそうになったけど言っていいはずもない。


 だって今こんなタイミングで好きなんて言ってしまったら、そんな無責任な言葉を放ってしまったら、どうなってしまうというのだ。僕の1ヵ月が無駄になるし、折原にとっても大事なステージの前に彼女を動揺させてしまう。


 うん、やっぱり駄目だ。さっき諦めると決めたばかりじゃないか。


 僕はまた今朝と同じように暗い気持ちで心を包み、落ち着けるモードに入った。ずっとこうしていれば、いつかは好きもどこかへ消えていくはず……。


 客席のほうからは音がしない。笑い声もないし、感嘆の声もないし、ざわつきすらも感じない。


 演劇部の人たちはあまり観客にうけてないのだろうか。全く内容を知らないし、今も話を聞いていないのに勝手にそう思った。


 もうさっさと終わってほしいんだけど、時間が長く感じられてなかなか僕たちの番が来なかった。


 妙な気持ちになってきた僕は、実際今このタイミングで黒いパソコンの事まで含めて、全てを話したらどうなるんだろうなんて考えながら、自分たちの番が来るのを待った……。

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