word58 「夢 叶え方」⑰
僕は暗い部屋でアンプの電源を入れた――。ベッドに座って、ヘッドホンを耳に付ける――。
溜め息をつきながら……ギターを握った。思えばこのギターは買った時からずっと、折原の為に使っている。
くたびれたデスクスタンドだけが手元を照らす……深夜の自室。僕はまず、指を慣らすために弦の上でストレッチさせた。各指の間を大きく開いて、戻し、また伸ばす。
次に楽譜を見ないで、練習中の曲を最初から弾いてみた。もう3週間もずっと同じ曲を練習しているので、やはりある程度のところまでは十分に弾ける。
耳に聞きなれた音が流れ込んできて、気持ちが良い。このくらいの上達具合がギターを練習していて1番楽しい――。
だけど、1つミスをして快い音が途切れてしまうと、僕はそれだけでギターから手を離した。
短時間で冷たくなった指を脇の下で温めながら、壁に背中を預けて、僕はまた溜め息をつく――。
折原を歌手にする為の最後の仕上げは、彼女をステージに立たせることだった。僕たちが通う高校の創立記念日にある記念式典で行われるいくつかのパフォーマンス、その1つとして彼女が多くの人の前で歌うことにより僕の役目は終わる。
僕たちが通う高校は来月に創立50周年を迎えることになっていて、今年は記念として保護者や多くの来賓も招いて式典が行われる。市民文化ホールを利用して行われるその式典では、各代表からの祝いの言葉や記念ムービーが上映されたり、在校生徒やクリエイティブな職に就いたOBの他、地域で活動するパフォーマンス団体のステージが披露される。
そのありきたりな創立記念式典で折原が歌うと、凄まじい歌唱力と驚く客席の様子が撮影され、ネット上にアップされるらしい。
女子高生がプロ以上の声で歌う動画はネット上で語り継がれ……折原のデビュー後、謎の天才女子高生の正体が世間に知れた時、折原の人気が大爆発するというのだ。
さらには同級生の前で実力を明かすことで、折原が精神的にも吹っ切れて、高校をやめて歌手になるのに思い残すことが無くなる……。
黒いパソコンが教えてくれたこの指示の内容には納得していた。創立記念式典まではもう、あと1週間というところまで来ている。
それなのに僕はこんな時になってから急に迷い始めていた。やり切ると決めていたはずなのに、何もしたくなくなってしまう瞬間がある――。
折原をステージに立たせるのは僕の仕事だった。在校生の式典実行委員にステージでの出し物を希望したのも僕だし、折原が歌っている隣でギターを弾くのも僕だ。そして、折原がネット上で人気になってきた今誘うことで、折原をその気にさせたのも僕。
やっぱりどうしても割に合わないと心のどこかで思ってしまう。ずっと後戻りもできないのだからやるしかないと言い聞かせているのだけど、夜も寝付けないほどになってしまっていた。
もう後1週間で本番だから完璧にしないといけない。時間がない、そういう訳で無理やり頑張ってはいるが練習に身が入らない。
まだ僕だけの折原の生歌が大勢に知られてしまうのが嫌だった……。また今日も朝まで、何もしない時間を過ごすのだろうか……。
何度もまた黒いパソコンに別の道を案内してもらおうかと考えながら、手元だけはよく見える部屋で無理やり指を動かした……。




