word58 「夢 叶え方」⑯
僕は音楽プロデューサーを目指す大学生になりきった。動画サイトでたまたま折原の歌を聞いて、感激を受けたという設定で近づき、陰ながらサポートしていくために――。
僕は折原から受け取った音声データを編集した。元から圧倒的な歌声であったが、より演奏とマッチするように、より綺麗に聞こえるように、慣れない普通のパソコンで毎日作業した――。
言うまでもなく、僕に音楽プロデューサーのようなスキルは微塵も無かったので何が何やら分からない難しい作業だった。
ここをクリックして、ここに数値を打ち込めば一体どういう風に変化するのか分からない。けれど、黒いパソコンの検索結果をそのまま書き写すような作業が進んでいくうちに、データがカラオケで聞いた生歌に近づいていくのは分かった。
僕は見ているだけでも心地が良い映像を作った。簡単な編集で出来上がる映像でも見せ方の技術1つで、人の目を釘付けにするものになる。何度でも見たい動画にする為に時間を費やした――。
僕は出来上がった動画を折原に送信した。受け取った折原が動画を投稿する、そのタイミングでより多くの人の目に留まるように、時計を見ながら黒いパソコンで指定された時間通りに届けた――。
折原のチャンネルから新しい動画が投稿されるのを確認してからわずか数日で、再生数は爆発的に伸びた。初めはまあまあのインフルエンサーが拡散し、次はそこそこの同業者が絶賛した。
さらに2つ、3つと動画を投稿していけば――。
SNS上で大バズりして、めでたく折原は歌い手界の超新星となった。
そうやって段階を踏んで大きくなっていく間にも僕はちょこまかと裏で動いた。折原の動画にコメントを付けて、匿名掲示板で宣伝して、動画サイト上で謎の操作をすることにより折原の動画がオススメに出てきやすくなるようにした。
そうするともう止まらない。4つ目の動画では人気歌い手の最新曲と遜色ない再生数になり、大手事務所も放っておけない存在の出来上がりだ――。
元々折原にはそれだけの歌の実力があったのだと思う。ただ、自分をアピールする技術が絶望的だったのだ。いや、そうしようとしなかっただけか。
折原が自分自身で投稿していた動画は全て、サムネイルから再生中の画面も全て真っ黒だった。動画タイトルも曲名と「歌ってみた」の文字だけ、概要欄にも必要最低限の情報しか書いていない。
黒いパソコンが「夢 叶え方」の検索結果でついでのように教えてくれたことだが、折原は歌だけで勝負したいという思いが強いらしい。
編集技術を磨く暇があったら歌の練習をするべき。その考えから、あの手この手で再生数を稼ごうとする行為は邪道だと決めつけ、尖りに尖っていた。
折原自身も言っていたことだが、歌のことに関しては相当プライドが高い。いくらなんでもというくらいに。
尊敬するべき点でもあるが、それじゃ今の無限に創作が溢れる世界では誰にも見られず埋もれてしまう。結局この世の創作はどこまで多くの人の目に触れるかだ――。
僕がそうやって有名になっていく折原を見て……どう思ったかと言うと…………どう思ったのだろうか。自分でも分からなかった。
初めは、ただ辛いだけだったけど、自分が頑張った結果色んな人が反応したことには達成感もあった。
折原のSNSやチャンネルを開きっぱなしにして、フォロワーが増えていくさまを見ているのは心地が良かった。
でもやっぱり辛いし、アホらしかった……。
そりゃ自分が失恋することになる作業を頑張るだなんて心底アホらしい。努力が報われないとかでもなく、初めから報われないことが分かって努力するのだ。やはり、こんなこと2度とやりたくないくらい、辛いというのが僕の思いだ。
でも始めたからには、やり切ることに迷いは無かった。だから僕は、最後の仕上げへと向かうときも自分の全力を注いだ……。




