word58 「夢 叶え方」⑮
そうだ僕の恋はこれからだ。気持ちが上向きになってきた矢先の事だった。
心臓が止まったかとさえ思った。
「え――」
僕は1人きりの部屋で短く声を出した。
頭が理解を拒む。黒いパソコンに映っている文字は日本語で、難しい漢字が使われている訳でもない、目の焦点もしっかり合っている。
なのに、書かれていることが上手く理解できなかった。
つまり……どういうことだ……。「あなたと交際する未来は無くなります」っていうのはどういう意味なんだ。あなたって言うのは僕のことだよな……だからつまり、僕と折原さんが付き合えなくなってしまうってこと……。
そんなの――絶対に嫌だ――。
体中の力が抜け、あらゆる神経が無くなっていくような感覚を覚えていたのに、僕はその瞬間机を叩いた。加減できなくて、勉強机の本棚から本が床に落ちたくらいの威力だったのに、手から痛みを感じない――。
そんなことって考えられない。いつからか僕の日々の中心は恋だったのに、告白する前から終わってしまうなんて受け入れられる訳がない。
こんなに好きなのに、一緒にいるとあんなに幸せだったのに、諦めろと言うのか…………いや、どう考えてもあり得ない。
脳内に浮かんでくる「失恋」という文字を僕は断固拒否した。あの手この手で押しのけ、かき消し、遠ざける。
いやいや、ちょっと待ってくれ黒いパソコン。もっと他の方法があるだろう。折原さんが高校を中退しない方法や、大学に行ってから歌手になる方法が絶対にあるはずだ。
何でこんな残酷な方法を提示したんだ。お前らしくもない――。
でも……Enterキーを押すときの僕は全力で彼女の幸せを願っていた。きっと彼女にとって最も良い未来を黒いパソコンに求めた。であれば、これが最善……。
こんな僕にとっては絶望的な結果が最善だって言うのか……。
本当は初めから分かっていたことが、じんわりと僕の脳に沁み込んでくる……。きっと折原さんと僕が付き合いつつ、いずれ彼女が歌手になるという方法もある。いや……きっとじゃなくて黒いパソコンなら確実に見つけられる。
でもその方法は、今回の検索結果の通りに動いた未来よりも折原が幸せではない未来なんだ。
だとしたら僕は……。頭では分かっている。分かっているけど、拒絶してしまう。どっちにしろ歌手になれるなら、少しくらい僕の幸せも求めていいだろう。そう思ってしまう。
だけど知ってしまった以上、もうそんな道は歩けない。この先、折原さんに何か不幸なことがあった時、折原さんが浮かない顔をしている時、今現在見ているこの検索結果を実行していればこうはならなったかもしれないと……罪悪感を抱くに決まっている……。
知った時点で手遅れで、考えれば考えるほど選択肢は1つしか無かった。太陽が赤く染まり、沈んでいくまでずっと考えても別の選択肢は見つからない。
それでも別の可能性を探してしまうのは、ただその1つの選択肢が嫌だというだけ。そうに違いなかった。
だから、最終的に僕は笑った。
机に伏せた状態で、沸々と込み上げてくるように乾き切った笑いをした。そうしてないと、乗り切れそうになかったから。
「いいさ。ああ、やってやるよ――」
その日、こうして僕は初めて黒いパソコンを自分が不幸になる為に使った。




