word58 「夢 叶え方」⑬
――家に着いた僕は自室に入るなり、立ち尽くして固まった。いつもなら着替えを始めるのだけど服を脱がず、それどころか座ることもせず、自分の部屋の床を見つめた。
帰り道は思考を止めて、とにかく急いで家に帰ることに集中した。ずっと前だけ見て体を動かした。だから、ようやく先ほどあった出来事と向き合い始めたのだ。
大きな溜め息を吐いて、また1つ息を吐く。息を吸い込むと、今度は長く遠くへ吹きかけるように吐いた。体内で複雑に混ざり合い渦巻く感情が、いくら吐き出そうとしても喉に張り付く。
足を滑らせるように歩いて、勉強机まで行くと椅子に座った。肘をついて頭を抱える。
そうすると、僕は頭の中で叫んだ。
なんて僕はダサいんだ――――。
折原があんなに将来のことで悩み、苦しみながらも夢に挑戦していること知って心底思った。自分は彼女と比べてなんてしょうもない人間なんだと。
そうか……多くの高校2年生は今進路について頭を悩ませているんだ。折原のようにどうしたって分からない未来と、自分の頭と体だけで戦っているんだ。
それに比べて僕は何だ――。
常に何か問題があれば黒いパソコンで何とかしようと考えて生活し、告白しようとした時もまた最悪黒いパソコンに頼ろうと思った。ああ、なんてなんてなんてなんて僕は――。
自分の髪ごと悔しさを握りしめる。汗をかいたあとの髪から感じるべたつきで、さらに手に力が入った。
ダサくて恥ずかしい、けれどそれ以上に悔しかった。僕がダサいということ、こんな僕が折原に告白する資格なんて無かったこと……気づけなかった自分が悔しい。
今まで黒いパソコンを使ってきたのが正しいだとか間違いだとかではなく、この半年くらいの生活が実際のところ幸せだったのか不幸だったとかでもない。こういうのは今考えることじゃなくて――。
確かなのは、僕が人として男としてダサいということ。好きな人の自分とは全く違う姿を見るまで気付けなかった。
泣き出すかとまで思った折原の姿を見て抱いたのは……罪悪感のような負の感情だった。こんなに真剣に生きている人がいる中で、僕はどんだけズルいんだ。折原だけでなく黒いパソコン無しで生きている全ての人になんだか申し訳なくなった。
正直……共感できなかった。黒いパソコンを持っている僕に歌手になれるかどうか、できるかどうかなんて悩みは無い。もし悩んでも、次の日には解決できてしまう。だから、分かってあげられなかった。
きっと僕以外の同級生なら少なからず「僕も私も……」と自分が抱える将来とか進路の悩みでも話して、親身になってあげられただろう。
でも折原と付き合える未来があるかなんてことも聞いてしまっている僕には……。
先ほどの自分を思い返すと、また痛いほど拳を強く握ってしまう。
この気持ちが胸の中に生まれるようでは、折原とは正反対に不安と無縁の生活を送っているようでは、告白しても絶対に成功しなかったし、告白する権利も無かったと思う。
先刻までの僕は間違っていた――。ずれていた、愚か者だった――。
自分だけ黒いパソコンに頼った楽な生き方をしていてごめん――。声に出さずに謝るばかりで折原の気持ちをちゃんと受け止めてあげれないことが最も情けなかった――。
真剣な気持ちを直接ぶつけられたことでようやく心の底から気付けた――。
僕はダサい――。どうして今まで平気でいられたんだろう――。
夢を叶える為に困難に立ち向かおうとする折原がかっこよく見えたと同時に、今冷静に彼女の視点から黒いパソコンに頼ってばかりの僕を見たらと思うと正反対過ぎて、ダサくてダサくて情けなくてしょうがなかった――。
頭を抱えた態勢のまま、僕は一通り自分を嫌った。今日の出来事を振り返って、どうしてもっと早く気付けなかったのかと1日をやり直したくなる。その感情の起伏と共に溜め息の数は多くなり、握る拳は固くなった。
癖でもないのに貧乏ゆすりが止まらない……悲しそうな折原の顔が瞼の裏に浮かんで……僕まで泣き出しそうになった……。
しばらくそうして――疲れた僕は、今度は全身の力を抜いた。机の上に倒れる。
正直なところ、この問題から逃げて忘れてしまいたい。でも、そうするとダサいどころか人として終わりだ。だから、僕もまた立ち上がらなきゃいけない。
僕にはまだ、ダサいなりにやらなければならないことがあるから。
再び気合を入れ直すと、僕は収納から黒いパソコンを取り出した。
このパソコンを使えば未来を人生を変えられる、豊かにできる。今まで僕も何度もそうしてきた。
でもそれは僕の人生だけじゃなく他人の人生もだ。
今の僕が折原にしてあげられること――それは――。
「夢 叶え方」
折原のことを思いながら、僕はこの検索ワードを入力した。




