word58 「夢 叶え方」⑫
「そうなの。凄いじゃん……」
僕は言われた言葉に率直な感想を返した。自分とはまるで違う彼女を見ていたら思った……。
「受けるだけなら別に凄くなんてないよ。親に内緒で行ってやろうと思ってるから、それは別の意味で凄いかもしれないけどね。応募すれば誰でも受けれるオーディションだしさ」
「でもその姿勢というか生き方というか。俺には大きな夢も無いし、何かのオーディションを受けようなんて考えたことも無かったからさ……凄いよ」
「でも落ちたら何者でもないんだよ。私そうなるのを怖がっちゃってる。何が怖いって……落ちてもきっとまだ諦められないから。私なら1度落ちてもまた次を探すに決まってる。私の中にもう1人いる、歌手という夢に向き合う私はとってもプライドが高くて負けず嫌いなんだ」
僕は込み上げてくるものを抑えるために拳を強く握りしめた。
折原がオーディションに行くと言い始めてから、僕には折原が遠い存在になってしまったように感じた。いや、そこに元々あった見えない壁が色を付けて姿を現し出したのだ。
「だけどさ、こういう不安も歌っている時だけは全部忘れられるんだ。それが私の道が正しいって信じられる理由、だってこの先どんだけ苦しくたって歌い続ければいいんだから……君も一緒に信じてくれる?」
「うん……もちろん」
夢について熱く語る折原にまた何も言えなくなってしまった僕は、話を振られたので答えた。本当は自分が今思いついたことを話してしまいたかったけど我慢する。
「ありがとね……本当に話聞いてくれて元気出た。またしばらく頑張れそう。それでさ……今日はこれで解散でいい?なんだか楽しい雰囲気じゃなくなったし、ごめん完全に私のせいなんだけどさ」
「うん、そうしよっか」
「ごめんね。いつか必ず何かで返すから」
「いや、気にしないで。むしろ話してくれて嬉しかったよ。またいつでも相談乗るから――」
ここでも僕は気持ちとは裏腹にありきたりな返事をした。僕も早く1人になりたい気分だったから……。1人になって気持ちを整理したい……。
そうして僕たちはまだ3時間パックは余っているのに、カラオケ店から出た。
支払いは折原がしてくれた。私が無駄にしちゃったから払うと言い出して、僕も払うと拒んだのだが、どうしても譲らないという態度だったので最終的には僕が折れて払ってもらうことにした。
入る時よりも暗い雰囲気で受付に行って、店から出ていく僕たちは周囲の人から告白に失敗した男女のように見られているんじゃないかと僕は思った。
「――本当にごめんね」
折原はカラオケ店から出てすぐの帰り道が分かれるところで、最後にまた謝った。
「俺は今日も楽しかったよ。激辛ラーメン意外と食べれたしさ」
「うん……」
「それじゃ、気を付けて帰ってね」
数時間ぶりに明るいところで目を合わせた折原は、カラオケに入る前よりも黒目が大きくって、唇を噛んで申し訳なさそうにしていた。
それがまたかわいくって、誰よりも何よりもかわいくって……でもだからこそ僕は、今すぐ走り出したい思いに駆られた。
「またね」
「うん、また……」




