word58 「夢 叶え方」①
決戦の日はやってきた――。たった3日が過ぎるだけでやってきた――。
自室の中で僕は震えていた。立ち止まったまま、小刻みにぶるぶると……。
膝のほうから来る抑えられない振動がどうしようもなく頭の先まで届く。
でも、今日予定されている折原とのデートが不安で不安で仕方なくて震えているのではない。ただ寒いから震えているのだ……。
今日が来ることを待ち望んでいた僕は午前6時前に目を覚ました。待ち合わせの時間は昼前なので度を過ぎた早起きなのだが、居ても立っても居られなくてベッドから出た。
そして今、気合を入れるために窓を開け、寒さと戦っている。
「ふぃー……寒い……」
まだ暗い外を眺めながらつぶやく。本来は太陽と目を合わせてやる想定だったのだが、窓を開けてみる夜と区別がつかなかった。いつにも増して寒い気がするのは今が1日で最も冷え込む時間帯だからだろうか。
奥歯まで震えだした僕は耐えきれなくなってベッドに舞い戻った。急いで足を忍ばせると、毛布はまだ寝ていた時の暖かさを保ってくれていた。
寒いのに耐えて気合を入れるというのはよく聞く話だし、今の僕の心境に丁度いいと思ったのだが正直失敗だった。目は覚めたけれど別に今日のデートに胸を張っていけるほど自信が出てきたかというと全くそんなことはない。
むしろ、無駄なエネルギーを消費して心細くなった。
折原とのデート本番となった今日、もしかしたら告白まであるかと2日前くらいまで考えていたのに、僕は昨晩から複雑な心境になっていた。
期待と不安が混ざり合った胸の中……期待のほうが大きい、やっぱり無理と逃げ出す気などはさらさら無くて、この前も上手くいったのだから今回もきっと大丈夫だという自信もある。
でも、少し足りない……。自信はあるけど折原とのデートには不十分だった。そう、相手は僕が愛する人なのだ、生半可な自信では油断しているとデートの最中に頭が真っ白になってしまう可能性がある。
勢いでいけた前回のラーメン屋や、十分に準備ができた初めての軽音部の時と違って3日という時間は微妙に僕をネガティブにさせていた。頭の中で考えるだけじゃ自信で胸を満たせなくて、小さな不安の穴が空いてしまう。
その穴を埋めるための作戦第1が「冬の朝に窓全開作戦」だったのだけど、まずは失敗に終わった……。とんでもないゴミ作戦だった。でも、まだまだ時間はある。
僕は中々温まらない足先を擦り合わせながら次なる作戦を考えた。
コイントスで10回くらい連続で表を出せたら恋が実ることにする「2人を結ぶ恋ントス作戦」や、穴を埋めるのではなく邪念を捨てる「朝勃ち賢者作戦」などが割とすぐに思いついたけど全く成功の景色が見えない。
眠らないように浅く目を閉じてさらに考えること1時間。ようやく思いついた最もマシな作戦はいっそ今日告白することを決めてしまうというものだった。
この前も告白することにしたら力が湧いてきたし、今も試しに想像してみると不安が自信を押しのけて胸を満たして、逆に大丈夫になる気がする。
だけどそれも危ない賭けであることは明らかだ。
仮に告白することを決めたとすると今が大丈夫になるだけで、いざデートの最中に何か失敗して今日告白は無理だなんて状況になったらどうなる。きっとそれ以降メンタルぼろぼろだ。
うん、やっぱりこれもダメだ。日が差し込むようになった部屋で目を開くと僕は、自室の収納のほうを見た。
こうやって自分が取るべき行動に悩んだときは頼りたくなってしまう、あの中にある黒いパソコンに。
黒いパソコンはいつもあの収納の中にいる……。扉を開けばいつでも僕を助けてくれる……。
でも今回は黒いパソコンは頼れない。折原との恋に黒いパソコンは使わないと決めているから。
今まで何度も黒いパソコンを頼って、黒いパソコンの指示通りに動いて、様々な利益を得てきた。今回もそうしてデート中に指示通りの行動をすれば、幸せな結果が得られることだろう。
黒いパソコンが教えてくれた場所に行って教えてくれたセリフを言えば、僕は折原と恋仲になって手を繋いだりできるはず。
けれど、それでは本当の幸せとは言えない。男がする検索ではない。誰かを不幸にする検索や、恋でイカサマをする検索は男として恥ずかしいことだ。
黒いパソコンに頼ろうとした自分を否定すると、自信が沸々と湧いてきた。そうだ、あれやこれやと考えるのはやめよう。もっと男らしく、男なら危ない橋でも渡ってやろうじゃないか。
となると、今僕が選ぶべき作戦は――。
「よし……告白する告白する告白する告白する告白する告白する告白する告白する告白する……」
僕は拳を強く握りながら枕に向かって唱えた。




