番外編(最後) 「親ガチャ 僕の両親」⑦
「……ただいま」
「ご飯食べてきたの?」
「うん」
「そう……。それなら決まった時に連絡しなさいよ」
「…………」
「父さんがもらってきたクッキーがあるけど、それだけ食べる?」
「いや、アイスも食べてきたからいいや」
「ふーん……」
お互いに何度も目を逸らしながらの会話になった。母は終始真顔だったが、こんな顔をしていたかと不安になる表情。怒っているのか謝りたいのか分からない。だからじっとは見ていられなかった。
まだ何か言おうとしていた気配はあったが、母は背を向けてリビングのほうへ戻っていく。玄関の電気も消された。僕も止めていた足を動かして2階の自室に向かう。
何だ、何なんだ――。思っていたのと違う母の対応に僕は戸惑った。たったあれだけで、何事も無かったかのようなあの会話は一体何だったんだ。早足で階段を上り、少々乱暴に自室の扉を閉めると頭を掻いた。
母の心境を考察しながらも僕は部屋に入るとすぐに、黒いパソコンを取り出して机の上に置いた。やり慣れた作業をするように行動した。今の気分がその検索を求めている訳じゃないけれどとりあえず謝罪はされなかったから、続けて朝から決めていた検索ワードを入力する。
「親ガチャ 僕の両親」
いいよな、してもいいよな――。ずっとこの検索の結果を気にしていたんだし、今日は1日中ことあるごとに帰ったらまずこうしようと決めていたんだ。やめる理由なんて無いよな。迷いはなかったはずなのに、Enterキーの前で指を止める。
体内に気に入らないもやもやがあった。理由は分からない、分からないからより気に入らない。僕の理性と相反する存在だということは分かる。それが僕の検索を止めていた。
僕は一体何がしたいんだ――。分からなくなって、天井を見上げた。人差し指をEnterキーに置いたまま、溜め息をつく。椅子に座ってしばらく固まった。そうしていたのに、長く歩いた体は熱いままだった。
けれど、僕は最終的にEnterキーを押した。そうしないと、このままもやもやは消えずに動けなくなってしまいそうだったから、検索する決心がついたわけでもないのになんとなく押した。
「2階の物置部屋のクローゼットの中を見てください。赤いコートの下です。」
黒いパソコンはそんな文を表示した。正直全く意味が分からない文章だった。でも考えることに疲れていた僕は言われたとおりに部屋を出た。
僕の部屋の隣だが、あまり行くことは無い物置部屋に忍び足で向かう。きっと僕がここに来たことは誰も気づかない、そのくらいの音で扉を閉めると、何かがあるらしいクローゼットを開く。
すると、物置特有の木の匂いみたいな古めかしい空気の中に何かが見えた。赤いコートの下に手を伸ばして取り出すと、黄色い包装紙に包まれた箱だった。見るからに誰かへのプレゼントである。
ラッピングのひもには1枚の紙が挟んであった。2つに折りたたまれていて「ごめんね」と書かれた紙だった。
僕はそれを見て気づいた。そういえば明後日が僕の誕生日だ。そして黒いパソコンが何を伝えんとして僕にこれを見せたのかもにも気づく。使用者の意思を汲んで検索結果を表示する黒いパソコンの特性が、思わぬ形になった。あの時僕が望んでいたのは両親のランクなんかじゃなくて……。
おそらくは僕への手紙、端に花が描かれた1枚の紙を開く。
「17歳の君へ
お誕生日おめでとう!かわいいかわいい私の天使も
とうとう17歳になりました!17歳の誕生日には母から
手紙をもらった記憶があるので私も手紙を書いて
みることにしました。まずは、生まれてきてくれて
本当にありがとう。誕生日になる度に思います。
それももう17回目か……思い返すとあっという間
だったね。お母さんから見たらあなたはいつまで
経っても子供だけど、もう17歳。立派になったね―――」
読んでいるだけで、手から汗が出てしまうほど恥ずかしい文章だった。しかも手のひらサイズの小さな紙にぎちぎちに詰まっていて読みづらい。僕は斜め読みをして、紙の1番最後に書いてあった文章を読んだ。
「喧嘩しちゃってごめんね」
母よりという文字の後に付け足されたそれはおそらく今日書かれた文字だった。たぶん手紙の表紙に書かれた「ごめん」という文字も。
「はあ……」
僕は目をぐっと閉じて首を左右に振った。数秒の間繰り返して。目頭を人差し指と親指でつまんで、もう1度強く目を閉じると、プレゼントの箱を元あった場所へ押し込む。
その足で僕は階段を下りた――。まだ熱が残る足で1歩ずつ――今にも止まってしまいそうな足取りで――。
母はリビングの扉を開けると、すぐ前のところへ立っていた。
「なあ……ごめん……」
検索しただけじゃ消えなかったもやもやが、ようやく消え去った。




