word57 「歌う曲 何がいい」④
アプリを開きっぱなしだったのか既読という文字が送信すると同時に表示された。僕もアプリを閉じずにその画面を見続ける。しかしすぐには返信が来なくて、僕は深く考えずに送ってしまったことを後悔し始めた。
ちょっと調子に乗りすぎただろうか。やっぱり返事に困る誘いだったか。でも、断られたとしても他の場所に誘うだけだよね。これでお終いってことにはならないよね……。
折原が他人に自身の歌唱力の高さを知られたくないということは、以前の黒いパソコンによる検索で分かっていたことだった。理由を一言で言うなら、「プライド」といったところだろうか。
「折原 裕実さんには歌手になるという夢があります。ただ、親からの反対や以前友人に夢を語ったところ、遠回しに無理だと言われた経験からその夢を他人に言わないと決めています。夢を他人に語るのはある程度の結果を出してから、そしてそれまでは誰の力も借りず、自分の力でと決めているので、周囲へ歌唱力に自信があるとは言わず、あなたにも歌手を目指していると感づかれるようなことは言いませんでした。」
僕は折原が歌うのを好きじゃないと言った理由を検索したときの結果画面を、スマホの画像フォルダから探して表示した。
歌手になるという夢があるからこそ、半端にちやほやされて満足したくない。僕の解釈はこうだった。時が経った今見ても気持ちを全て理解はできていないと思う。でも確かに、折原にとって知られたくないことと言うのは事実だ。
それなのに、10分ほどで返ってきたメッセージにはこんなことが書かれていた。
「いいね」
「行こう」
ラーメン屋に誘った時と全く同じ返事。見た僕はまさかのOKに疑問も浮かんだが、一瞬でかき消さられるほどに喜んだ。
手がじんと痛くなるくらいの大きな拍手を1発――そして2発、3発。体が勝手に喜びを形にして発散した。自分でもうるさい音が出たので、拍手をした後は太ももを何度か手で叩く。
だって、これってつまりそういうことだろ。友達にも明かしていないことを僕には明かしてくれる気になった……僕は友達以上に特別な存在なんだとそう思っていいんだよね。
裕実……ついに呼び捨てになった彼女の名前を、心の中でぼそりと言った。
その瞬間確かに光が降り注ぐ花畑が僕の視界を覆って、そこに折原の姿が見える――。
「やった!」
「じゃあ、時間はどうする?」
「また11時30分より前に着くくらいで集まろっか」
返信をすぐに済ませると、僕は立ち上がった。そうと決まれば笹食ってる場合じゃねえ。今度のデートは絶対に大成功させたい。
今日の黒いパソコンで何を検索するべきか思い立った。即行動で黒いパソコンを取り出し、ワードを入力する。
「歌う曲 何がいい」
また折原と2人きりになれる。しかもこの前よりももっとプライベートなカラオケの個室という空間で。そして何よりあの歌を生で僕だけに聞かせてくれるだと――。
いける、キテる。完全に。もはや次の日曜日に告白まであるんじゃないか……え、本当にあるぞ。状況が良かったらいくか。いってしまうか
Enterキーを押した僕はさっそくそこに表示されたいくつかの曲の歌詞を調べた。僕にとって歌いやすくて初カラオケデートに適した曲を望んで検索した、その結果達を日曜までの数日間で練習する。
待ってろよ裕実……そうやってまた心の中で呼び捨てにして、机にあったペンをマイクのように持った。




