word56 「付き合える未来 あるか」①
目的地のラーメン屋は大手家電量販店の隣にあった。僕が通っている高校のすぐ近くというほどではないが、窓の外に見える範囲の場所ではある。窓際の席にいた頃はたまに看板が腹を刺激していた。
味はかなり良い。僕もいくらかのメニューを食べたことがあるが、どれも満足のお味だった。オススメのラーメン以外は……。
そういえば、おいしいラーメン屋って家電量販店の隣にありがちな気がするけど、それは僕だけの感覚だろうか。
通学路から少し逸れて歩く道は新鮮だった。同じ町でいつも曲がらない場所を曲がっていくだけなのに、そう感じる。
まず学校の近くまで行ってからラーメン屋に行く道のほうが近い気がしたが、僕は遠回りすることを選んだ。この辺では、浮いちゃう服装に感じたからだ。部活で休日も学校に通う同級生に会ったりなんてしたら、恥ずかしい。
見たことが無い格安の自動販売機、こんなとこにも会ったのかっていう進学校周辺の学習塾。歩いていると見つけた、近くにあるのに知らなかったもの。色んなものをチェックしながら進めば、初めて通る道を抜ける。
すると、珍しかった町が急にいつもの場所に変わってしまった。
ここまで来るとラーメン屋はもう遠くない。待ち合わせの場所は隣の家電量販店で、ここらで1番高い看板は既に見えている。
けれど、こんなところまで来てもまだ何かの間違いなんじゃないかという疑いがあった。
だってこんな急にデートに誘ってくるか。普通あり得なくないか。ドッキリやイタズラではないと思いたいけど、行ってみたら折原さんだけじゃなく他の子も居たくらいはあるかも。
まあ、それはそれでありか――。
辿り着いた家電量販店の中に入る。僕は何か買うつもりなんてないが、何食わぬ顔で最新の家電のコーナーのほうへ進んだ。まだ、折原に「着いた」というメッセージを送るには随分早い。最新の家電程度ではどうにもならないけど、なるべく気を紛らわせようとした。
テレビコーナーにもパソコンコーナーにも行った。あまり足を止めることは無く、ぐるりと店内を1周した。パソコンコーナーではどれが1番黒いパソコンに近いかを決める遊びをした。
待ち合わせの15分前になると、折原に着いた報告のメッセージを送った。いよいよ学校の外で、しかもプライベートで折原と会う。座っていたいけど座れないくらい落ち着かない。
会った時の第一声は「あれ、男装じゃないんだ」で本当に良いだろうか。親しい間柄じゃないし笑ってくれなかったらどうしよう。いや、十分考えて決めたじゃないか。今更考え直す余裕なんてない。
スマホを持ったまま歩いていると、ものの数分でそれが振動してしまう。
「早いね」
「でも、私ももう着くよ」
「じゃあ外出とくよ」
「裏口のほうから出てきて」
そこから僕は、頭の中で自分はイケメンだと唱え続けた。最後に頼ったのは自己暗示、服装を今一度確認しつつ気持ちだけでもイケメンを目指す。
言われた通り裏口から出ると、既に敷地外に立っている女の子の姿は見えた。後ろ姿だけど、すぐに彼女だろうということは分かる。
万が一……本当に1万分の1くらいの確率で男装してくる可能性もあるかもと思っていたが、男装ではない。
だから、僕は近づいて振り返った折原と目が合うと言った。
「あ、あれ……男装じゃないんだ」
「え」
「折原さん、男装してきてないんだ」
うわあ、あんま上手く言えなかった――。そう頭の中で秒速の後悔をする。
「ねえ、やっぱ男装したほうが良かったかな。それにも挑戦しようかと最後まで悩んでたんだけどやめちゃった」
でも折原は笑ってくれて、とりあえず第一関門は突破できたみたいだった。




