word55 「この服 変じゃない」③
僕も眠気を感じていた。今日は満たされに満たされたから、最高の気分で眠りにつけそう。
そう思いながらだらしない顔をしていたのに、まだ幸せには続きがあった。
「昨日話してたじゃん、ラーメン屋の話」
「あれ思い出しちゃって」
さらに送られてくるメッセージで、僕は再び気合を入れる。
「ああ、あそこの電気屋の隣のラーメン屋のこと?」
「そう」
「あそこのラーメンっておいしいの?」
「店の名前が付いた店がオススメしてるラーメン以外はおいしいよ」
「チャーハンも餃子も」
「そうなんだw部活の時もちょっと聞こえてたけど面白いよねw」
「私あそこ1年生の頃から気になってるのに1回も行ったことない」
「何で行かないの?」
「だって女だけでラーメン屋に入るのってなんか嫌じゃない?」
女だけではラーメン屋に入りづらい……男だけでドーナツ屋に入りづらいのと同じ感覚だろうか。もしそうだとしたら気持ち分かるかも……。
僕は思いついたことをそのままメッセージにする。
「男だけでドーナツ屋に入りづらいのと同じ感覚?」
「だったら分かる」
「たぶん同じ」
「気にせず入ればいいのに」
「今いるよね、ラーメン女子みたいなの」
「私そういうの嫌い大嫌い」
「恥ずかしいとかじゃなくてそんな風に見られるのが嫌なんだよね」
「あ、あの子女子高生なのにラーメン食べてるとか思われたくない!」
「え、そうなの」
「うん、やだ!絶対やだ!」
「もし1人で行くなら男装する!」
送られてきた言葉で僕はフッと小さく笑ってしまった。突然勢いづいた折原が、今日1番僕が持っていたイメージとは違うキャラだった。でも、これはこれでギャップ萌えである。
それにまた男の立場で考えれば同意できる。僕もスイーツ男子とかいたら気持ち悪いと感じる。
そしてその同意と共に、僕の胸にまさかねという気持ちが生まれた。
「男装は笑う」
「そもそもしたことあるの?」
「ないw」
「ないからラーメン屋にいけない」
「はあ、こんな話してたらもっとラーメン食べたくなる」
「俺まで食べたくなってきた笑」
「決めた…私明日あそこのラーメン屋行く」
「一緒に行く?」
――僕が抱いていたそのまさかは、数分後……いとも簡単に現実になった。
そしてそれを見た瞬間、僕はベッドから勢いよく飛び出した。
目が上に上に引っ張られて前が見えない。その状態で飛びそうになる意識をどうにか抑えようと頭を何度も叩いた。
デートに誘っていい流れに見えてたけど……まさか向こうから誘われただと……。
僕は最後に送られてきた一文を完全に折原から言われたように再生できてしまった。なまじそのようにできてしまったものだから、耐えられなかった。
頭を叩いていた手を額にぐっと当てる――その次は胸――その次は右肩――そして左肩。キリスト教の十字の切り方がこの順序だといつか誰かに習った気がする。自然と、そう手が動いた。
手を合わせて南無阿弥陀仏も唱えた。別にキリスト教も仏教も信じていないけど、これまた自然にだ……。
ようやく目をしっかり開けることができたので、僕はもう一度スマホの画面を確認する。
「一緒に行く?」
しかし、その一文を見て僕の意識は再び飛びそうになった。
もう一周、手を額に当てて――胸に当てて――右肩、左肩。手を合わせて……念仏を唱えていく。
気づけば、着ていた服を脱いでいた。本当にいつ脱いだか覚えていないのにパジャマにしているトレーナーとその下に着ていたシャツが別々の場所に投げ捨てられている。
おかげで、寒さが僕を現実に引き戻してくれたらしい……。
三度目の正直で、今一度スマホの画面を見る。
「一緒に行く?」
やはりそこにはその一文があって、僕は戻ってきた現実が本当に現実なのか疑った。




