word51 「白いパソコン 何」④
予想通りであってほしいと思っていたはず。でも、心のどこかでもっと奇妙奇天烈な何かを期待していたのだろうか。僕からは一生かかっても出てこない、おとぎ話みたいな、何かを。
僕が視線をキーボードに落としてしばらく、じゃあ何で宇宙人が地球を守ってくれるのという考え事に至って顔を上げれば、そこには既にさらなる文が表示されていた。
「地球に住む人類が自然を保護しようとするのと同じです。人類に森や海などの自然を美しく、かけがえのないものだと思うものがいるように、白いパソコンを製造した惑星には地球のような文明レベルが低い惑星を宇宙の自然遺産として守っていくべきだと考える者がいます。宇宙全体の中でも文明が発達していて、そういった考えの者が多いその惑星は、いくつもの星で保護管理活動をしています。地球はその1つに過ぎません。まあ、宇宙からの脅威からは守れてませんが。」
僕たち人類から見た猿が、お隣さんたちから見る僕たちということか。
地球が特別だからという訳ではなくて、数ある自然豊かな惑星の1つに過ぎない。宇宙がとてつもなく広大なことは知っているけれど、改めてその大きさを感じさせられる事実だ。なるほど、僕が住むこの星が、その辺にある物の1つ……。
そしてつまり、この白いパソコンと地球との関係を、黒いパソコンと宇宙との関係に当てはめると……黒いパソコンは宇宙すらも猿が暮らす森として見下ろす、そんな誰かが作ったものということになる。
一体それはどういう存在か、この宇宙に存在しているのか、もっと高次元の世界にいるのか。そいつ……またはそいつらにも、自然が尊いみたいな理由があって、宇宙を守るために黒いパソコンを与えた。
何もかもを見通して――。
「そうなのか」
僕は口で言うんじゃなくて、キーボードで入力した。間髪入れずEnterキーを押す。けれど、黒いパソコンの画面は変わってくれなくて、答えは得られなかった。
本当にそうなのか、僕の推理通り黒いパソコンもそういうものってことでいいのか。他の可能性がないか。僕はまだ考えた。
ただ自然が大切だからじゃ理由として弱い気がするし、だとしたら何故正体を秘密にする――。無償で宇宙を守るパソコンだなんて立派なものなら、最初からそう言えばいい――。そう、大体やり方が回りくどすぎるんだ、宇宙を守ってくださいって最初っから言えば僕は――。
僕以外が寝静まった家の中の……小さな僕の部屋では、時間だけが流れた。僕はずっと同じ体制で座っていた。机の上の教科書とノートは開きっぱなしのまま、ただ黒いパソコン一点を見つめて。
深夜にこうして部屋に1人でいると、時間が止まったようにも思える。けれど、確かに時間は流れていて、地球は回った。
結局、僕は自分が出した答えに納得した。そうする他なかったし、別の可能性を考えても、よりしっくりこないものばかり。
たぶんもう少し、黒いパソコンを楽しみたかったのだ。だから、予想が正解、それで終わりってのが寂しかっただけ。
そして、そうすると肩の荷が下りる感じがした。もう思い残すことが無くなった。
そうか。黒いパソコンは僕に宇宙を守らせるためにここに来たのか。どこまで知ってて僕を選んだのだろう……きっと全部だな。
そう、もしもお隣さんが正体を明かすような人間がおそらく僕だけのことも、その時僕が宇宙戦争を止めるために動くのも、黒いパソコンは全て最初から知っていて、手の平の上だったとするなら……。
今こんな考え事が僕の脳内に生まれていることも全部……。
僕なら役目を終えたタイミングで手放そうと考えることも、計算の内だと言うのか――――。
少し前からあった「黒いパソコンを誰かに渡すという選択肢」。それが、お隣さん家へ行った数日前から強くなっていたが……さっきの検索で満足感みたいなものを得てさらに強くなっている。そうしたほうが良いんじゃないかと思ってしまっている。
今にも実行に移してしまいそうなほど…………みたいな感じではないけれども。
うん、まだ持っていたい気持ちのほうが強いけど、いつかまた地球の危機を救わなければならない可能性を考えると怖くなる。まあその内そうしたほうが良いんじゃねと思い始めている……。
また地球に危機が訪れたとして、それを救える立場にある人間がまた僕だなんて偶然があるはずないし……僕自身もうこんな宇宙規模の問題ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
今回はなんとかなったかもしれないが、次はどんな指示をされるか分からない。
今回なんとかなったから次も大丈夫じゃなくて、次はもう許されない。そんな気がする……。
許されたくもなかった。お隣さんから地球の危機を聞いたあの夜、黒いパソコンを渡さなかったのは絶対に間違った選択だった。
自分の利益と、地球の確実な安全を天秤にかけた結果、僕はあろうことか自分を優先したのだ。そんなこと許されていいはずがない。
なのに許されてしまった。罪を犯した分苦しむと思っていたのに大して苦労しなかったことで、罪悪感が凄まじい。あの規模の大問題がたったあれで終わることにもう甘えるべきじゃないと思う。
そう何よりのデメリットは僕自身が堕落すること……。
これ以上堕ちてしまう前に……必ず……近いうちには……。
気づけば驚くほど時間が過ぎていたので、僕は寝ることにして立ち上がった。
とりあえず明日以降は満足いくまで欲を満たす検索をさせてもらおうか。手放すにしろ方法を考えないといけないし、そのくらいは良いだろう。
そう約束しながら、黒いパソコンを収納の中にしまう。
体を伸ばすと、ここ最近で1番のあくびが出た。目の奥が痛くて、頭が疲れた感じがする。
「めんどくさい考え事は一旦保留にさせてください」
誰かに言って目を閉じた。




