word48 「隣の家 パソコン」②
「……………………」
飛び出てきた言葉に面を食らった僕は、感嘆詞を発することもできなくて……ただお隣さんと目を合わせた。
そのまま数秒間、次の言葉を待ったが……どうも、お隣さん側も困っているようだった。
聞いてほしい悩みと言われたから、何かしらの悩みのことであるとは当然思っていた。
成人男性ならぬ、星人男性。いかつい緑色の体をしている彼の悩みがどんなものかは分からないが、どうせまた動物が懐いてくれなくて困ってるだとか、そんな悩みかよと言いたくなるものを相談してくるのだとばかり思っていたが……。
想像の何倍も重い……。
「できれば、落ち着いて聞いてほしいんだけど……もっと言うと地球も無くなってしまう可能性が高いんだ」
「え、ええ……地球もですか?」
「まだ100%ではないけど、99%と言ってもいい。今宇宙で起こっている戦争が日に日に悪化していてね。色んな惑星や、そこにいる人間を巻き込んでいるんだ。もう奇跡でも起きない限り、地球もいずれ戦火に包まれることになる」
「え……ええ……」
僕は叫ぶのではなくて、引いてるみたいな驚き方になった。人間本当に驚くと、上手く声が出ないものである。
あと、その実感が湧かなかった。
「ほ、本当ですか。つまり、僕も……僕の家族とかも皆……」
「そうだね……。中途半端に希望を持たせるのは可哀想だからはっきりと言うけど、助からないだろうね。単純に流れ弾で地球が壊れる可能性も高いし、そうでなくても資源を根こそぎ奪おうと侵略されるだろう」
「そんな……そんなことって」
「とてもとても大きな力を持つ惑星同士が争っているんだ。地球人では想像もできないくらいね。もうそれはきっと誰にも止められない。私も止めるために召集されていて母国に帰るんだけど、間違いなく宇宙のクズになってしまうだけだね」
「それは一体いつなんですか?」
「私が地球を出るのは来週。地球がどうにかなってしまうのがいつなのかは不明瞭だけど、おそらくそのまた来週以降……2か月以内には恐ろしいことになると思う。だからさっき正体を明かしたんだ」
「皆死んでしまうからってことですか……」
「ごめんね。それでも話すべきではなかったことだ。しかし、私も誰かに聞いてほしかった。この恐怖や悲しみを誰かと共有したかったんだ。どうか許してほしい」
そう言いながら、お隣さんは僕を抱きしめて頭を撫でた。硬い手だったけれど、触り方が親ほど柔らかくて落ち着くものだった。
「私はね、この星で長く暮らしていく過程で、この星のことが好きになったんだ。最初はどこでもいいから誰も私のことを知らない遠い星で、何の刺激もない生活を送りたかっただけだったのに、いつの間にか本当に好きになった。何より美しく、数多の生物が共存しているのが素晴らしい。こんなにたくさんの種類の生物が生息しているのは宇宙中探したってここだけさ」
「おじさんは生き物が好きですもんね……」
「そう。それから君のことも大好きだよ。こうやって頭を撫でても逃げなかった人間は君だけだからね。しかもこの姿でも大丈夫だなんて、正直驚いてるよ」
「あの、本当に本当ですか……地球が無くなってしまうというのは」
「ああ。まだ何もそんな様子がないから信じられないのも無理はない。それでも……これから話すことを……信じられなくても私の話を真剣に聞いてほしい。私という人間について、私の地球での暮らしについて、君に聞いてほしいんだ――」
それから僕はお隣さんの話を聞いた――。
部屋を変えて、1階部分の平凡な日本家屋での対話だった。用意してくれたお茶とお菓子を間に挟んで、1時間ほど。
僕はお茶を飲むことができたし、お菓子を食べることができた。胡坐をかいて座ったし、話の途中からは笑うこともできるようになっていた。
その間は問題について考えるのをやめたからだった。考えたって仕方がない、僕なんかの頭じゃ到底答えが見つけられない問題だからである。頭の中で、触りの部分だけ手を付けようとしたけど、すぐにこりゃさすがに無理だと分かった。
頭がフラットな状態で、お隣さんと向かい合う空間は摩訶不思議であった。過去にも未来にも同じ感覚になることは無いと思った。ちょうど明晰夢を見ているみたいで、瞬きの最中にもこの状況がどう転ぶか分からない不安定さを孕みながらも、たぶんどうなっても自分の身は安全である気がした。
その雰囲気の発信源であるお隣さんの話は、彼の生い立ちから始まって、地球に来た理由、地球での活動、あとは地球人のここが変みたいなところにまで及んだ。
もはや感覚がマヒしているだけな気がするが、驚くような内容ではなかった。物凄く大げさに言うなら、外国人が日本に移り住んできた理由をインタビューしている番組を見るのと変わらない。
ただ、なんとなく切なくて……ずっと小雨が降り続いている……そんな話だった。




