word47 「黒いパソコン お隣さんから」③
次の日、僕は「黒いパソコン お隣さんから」を検索した――。
「このパソコンは、あなたのお隣さんから届けられたものではありません。」
黒いパソコンはいつも通り結果を表示した。どちらにせよ、そうくるだろうなと思っていた答えだった――。
僕は1週間ほど、お隣さんとどう接触するのかを考えた。また、黒いパソコンと一緒に。この件に関しては信頼を置けないながらも、頼るものはこれしかないし、不確定な情報でも集めて、ちゃんと準備してから挑みたかった。
かなり勇気がいる行動のはずだけど、僕が逃げずにそこへ向かうことができたのはお隣さんが悪ではないと信じているからだった。殺されることはないと思うのだ。さすがに……。
色々お隣さんについて調べてきたけれど、なんだかんだ隣の家で過ごしていること自体に恐怖は無いし、動物への優しさも本物っぽい。今回の件の発端も深海魚を保護している様子だったのかもしれない。
バレたら殺すつもりなのなら、もう手遅れだし、黒いパソコンにも確認を取ったことだ。殺されることはない……誘拐、監禁もされない……。
だとするならば、覚悟は決められる。この前提からの最悪のケースは黒いパソコンを失うことだが、まあ諦めはつく。元々僕なんかが持っていてはいけない代物だ。
想像してみたが、そう思った。タダで手に入れたものだし。十分楽しませてもらった。
悲しいけれど、これが最後になっても……はっきりさせたい。
何よりも、モヤモヤを取り除きたかったのだ。この先一緒に生きていくなんて到底無理な不安を処理したい。どんな深海魚よりも珍しい黒いパソコンの真相に迫ってやる――――。
そう決意を固めた今日という日は、僕以外の多くの人にとってはなんでもない日であった。平日のど真ん中である水曜日の、程々に晴れた日。
テレビでは物騒なニュースが流れてくるが、自分の街では本当に同じ日本で起こっているのか疑わしいくらい、いつもと変わらず至って平和。
聞こえてくる話し声も、昨日のテレビのことだとか、友達のこと家族のことに関する話。話さなくてもいいような話で笑い合っている声が多かった。
僕はそんな日常が目一杯詰まった空気を吸い込みながら、日中を過ごした。たぶんそうしていないと、お隣さんと接触する予定の夕方まで精神が持たないので、今日がそういう日で良かったと思う。
僕も逆らわずに周りに流されていれば、平静を装うことができたから。
最後になるかもしれない検索は、何でもないことに使った。黒いパソコンの性能を確かめるときに使ったのと同じ「親友の弁当 今日」というワード。
考えるまでもなく、なんとなく相応しいと思った。なるべく刺激が少なくて、黒いパソコンがまだちゃんと僕の味方でもあることを確認する検索。昼になれば、結果通りのメニューを頬張る親友の姿があって、少しだけ気が楽になった。
――だから、これからお隣さんの下へと向かおうという放課後が来ても、僕の覚悟は揺らいでいなかった。
月がいつもより高く見えるほど気持ちが良い空なのに……いや、だからこそなのだろうか……芯から冷え込むような冬の夜。本来ならば早く帰りたいところを、僕はゆっくり歩く。
冬ならもう真っ暗な時間である午後6時、今日はいつもよりも明るくて、遠くの山もよく見えた。いつもは昼間にしか見えないあの山の上の旗まで、探検しに行った遠い日の記憶がうっすらと、空をスクリーンにしているように思い出される。
何も知らなかったあの日の僕と比べたら、僕は知りすぎてしまったのかもしれない。
目的地は僕の家から最も近い公園。お隣さんと接触するのはその場所。僕の家をお隣さんが訪ねてくると、両親は決まってそれとなく早く帰るように促していた。当然僕からもなるべく遠ざかるように手を回していた。
お隣さんが僕はどうしているんですかと玄関で尋ねる声が聞こえてきたとき、母は僕が2階にいるにもかかわらず、友達と出かけていると答えていたのを聞いたこともある。
そんな人と僕の家で会う訳にもいかず、会ってくると言って出かけることもできない。
だから、放課後にお隣さんと会えるタイミングを探して、今日公園でと決まった。当然これも黒いパソコンで探したことである。
公園が見えてきたけれど、僕は今以上に速度は落とさなかった。そのままゆっくりとお隣さんだけがいる公園に足を踏み入れる。
公園への一歩を踏み出した瞬間には、相変わらずの両手バイバイが始まって、多少動揺したが、それでも止まらない……。
やはり鼓動が正常でなくなる。けれど、逃げられない。来たと思うのだ……罪を清算するじゃないけど、今まで良い思いをしてきた分、怖い思いをする時が……。
「もしも……何でも検索できるパソコンが手に入ったら、あなたは何を検索しますか?」
お隣さんがいたすべり台のところまで行くと、僕は言った。




